幻想俯瞰飛行

生存記録を兼ねて長文を書くためのブログ。文章読んだり書いたりします。 

原作ファンがドラマ『臨床犯罪学者 火村英生の推理』第二話・第三話を観ました

 こんばんは。
 前回、有栖川有栖原作ファン目線のドラマ一話の感想を書いたところ、なんか知らないけどPV数が跳ね上がる事態が発生して若干ビビっております。元々文章を壁打ちするためのブログだったのですが、見ていただけているのなら何よりです。もっとちゃんとした書評やレビューを書ければいいんですけどね。頑張ります……。
 というわけで、元ネタ羅列大会はアレで終わりにする予定だったんですが、ドラマの感想自体は追って書いていこうかな、という気になりました。とりあえずリアルタイム+huluで追っているので、今後も原作ファン目線の感想考察等ちょくちょくブログに書いていこうかと思います。
 相変わらずドラマと原作のネタバレに触れておりますのでご注意を。

☆というわけで二話『異形の客』

 原作は『暗い宿』収録『異形の客』から。

暗い宿 (角川文庫)

暗い宿 (角川文庫)


 作中で火村が苦戦していた暗号は『英国庭園の謎』の表題作から。

英国庭園の謎 (講談社文庫)

英国庭園の謎 (講談社文庫)


 一話の『201号室』といい、他短編のおいしいとこ取りをするなあ、という印象ですが、『英国庭園』は暗号がちゃんと殺人の謎に繋がるお話なので、ドラマから読んでも全然イケるのがニクいです。
 この暗号のシークエンス自体が事件の解決に繋がっていたり、あとは女子学生の会話が醜形恐怖症のくだりに繋がっていたり、伏線の張り方地味にしっかりしてますね。というか今観返しているけどむちゃくちゃ丁寧に伏線張ってあるな被害者宅のレコードとか……
 あと映像の叙述トリックもありますね、冒頭の事件の犯人を相羽とミスリードさせようとしていたりとか。

 話が飛びますが、自分は連ドラ化決定時に「連ドラなら一話か二話で『ブラジル蝶の謎』だろうなぁ」と思っていたことがありまして、その理由が「火村英生の探偵行為に対する追及と回答があるから」だったんですね。「人を殺したいと思ったことがあるから」という行動原理を提示しておいて、それに対するツッコミと掘り下げがあり、その行動原理がどれだけ重いか示されるのが『ブラジル蝶』だと思っていたわけです。
 それに対して、この連ドラでは『異形の客』が同様の効果を発揮していたように思います。終盤の犯人と火村の問答は原作からとても好きなくだりだったのですが、かなり忠実に再現されていました。つまり、ドラマ版でも火村の犯人に対する近親憎悪にも似た複雑な感情は健在である、というのを早い段階でキッチリやってくれたわけですね。

「自首するんじゃないよ」
(中略)「シロなら君はもちろん自首しない。だが、クロだったとしても、自首なんてしなくていい。一人を発作的に刺して死に至らしめ、もう一人を計画的に殺害しながら平然ととぼけられる人間に自首は必要ない。逮捕状を携えた刑事の訪問を受け、手錠を掛けられて引き立てられるのがお似合いなんだ。いずれにせよ、君は自首してはならない」

「正義の味方、か」
(中略)「さぞや忙しいことだろうね。仮面をかぶったまま、大勢の犯罪者が街を歩いているよ。早くみんなひっ捕らえなくちゃね」


 ドラマ版の場合、ただ単純に探偵行為の理由に対する追及と視聴者への説明に留まらず、後者の台詞がシャングリラ十字軍の暗躍にもかかっているのが巧い。一話のシャングリラに関わる小野と火村の会話でも「犯罪者は彼岸の人間ではなく、自分たちとそう大差ない存在である」という原作のテーゼが暗示されていたのは見逃せないところでしょう。
 ついでだから言っておくけど、シャングリラ十字軍はドラマオリジナルじゃないです。原作に存在がある上、『白い兎が逃げる』の後書きで「彼らと火村助教授は今のところすれ違っているが、いつか直接対決をする日がくる予感がしている」と作者が言及しているくらいです。そのへんをドラマで拾っただけでしょう。「原作に女性刑事キャラはいない」と言い張る人といい、多少ググればすぐ間違いが判るようなことを平気で口に出来る自称原作ファン、有栖川有栖原理主義者としては赦せないですね(笑)。多すぎて辟易だよ!
 シャングリラ十字軍が登場する話は今話原作『異形の客』と、『白い兎が逃げる』収録『地下室の処刑』。こちらも地味に秀逸なハウダニットなのでご一読を。ドラマでやるかもしんないしね。

白い兎が逃げる (光文社文庫)

白い兎が逃げる (光文社文庫)



 一話では既視感があるなぁと思っていたタイポグラフィ演出でしたが、この話では醜形恐怖症のくだりで生きていたと思います。もっと認知されている症状かと思ったんですけど、割と「そんな病気あるんだ!」という声を聞きました。となると文字で見ないとよくわからんわけで、ドラマで本格ミステリを全うするための視聴者への情報整理のためのタイポグラフィ演出、という側面はありそうです。

 あと、この話は地味な良改変がちらほらあってスゲーと思いました。
 例えば犯人が被害者を説得した理由。原作では「金が欲しかった被害者を何らかの口実で言いくるめた」と曖昧な言及でしたが、ドラマでは「旅館の関係者の親族である犯人が、金のあてがあると犯人を旅館=殺害現場に引き入れる」ところまできっちり描いていたので(しかも関係なさげに見えた暗号がヒントになっているので巧い作り)、その辺に対して違和感がなくなっていました。
 また、原作では火村と犯人の問答の後、余韻を残す暇もなくバッサリ終わりますが(しかもこの記述だと立件までいけたのかどうかはわからないし、代議士の息子である犯人の犯罪はもみ消されるなりなんなりで不起訴になる可能性もあるんですよねぇ)、ドラマでは犯人の立場が変わったこともあってかきっちりその先まで描かれるんですよね。原作の後味悪さもいいけれど、ドラマの丁寧な描写も評価したいです。

 火村シリーズのいいところの一つに「警察が無能ではなくしっかり現実に近しい地味だが重要な仕事をしていて、そのうえで探偵が警察を全面的に信頼しているわけではなくビジネスライクな共犯関係を築いている」のがあると思っていまして、そういう「本格ミステリを現実社会に近しいフォーマットに落とし込む」リアリティが人気の理由の一つにあるんじゃないかなあと邪推しているのですが、ドラマ今話はそこをしっかり継承してのアレンジだった気がします。
 火村の犯人への指摘は直接的に犯人を逮捕に導くわけではなく、彼の推理に基づく警察の捜査が結果に結実する。探偵ものミステリで阻害されがちな地道な過程が描かれていたのはとても良かったと思います。
 鍋島の「警察は犯罪者を許すわけにはいかない」という決意表明と、それに対して敢えて「はい」と首肯を返す火村。
 ドラマ版独自の「犯罪を愛し、犯罪者を憎む」という正直わかりづらい(直球)キャラクター設定に説明なくここまで来たことは実は不満点の一つだったのですが、ここの受け答えで何か感じることがあって「自首はするな」に繋げたんでしょうか。この流れは後の地道な捜査シーンへと繋がりますし良かったと思います。

 でもやっぱりドラマ火村は信条がわかりにくいよ! 「犯罪は愛するけど犯罪者は憎む」ってどういう心理状況なんだよ! 説明してくれよ! 美しい犯罪ってなんだよ!(哲学)
 もちろんそこもひっくるめて「謎の男」として演出することで、最終話まで続けて観せようとするインセンティブの一つでもあるんでしょうが、やっぱり行動原理がわかりづらくなっていることと「犯罪者を憎む」側面があまり強調されなかったがために「自首するな」という言葉の意味付けが軽いかな、というのはちょっと思った。
 でも、これは最後まで観ないとわかんないですね。製作陣が「この犯罪は美しくない」というキメ台詞にどれだけ意味を持たせているか、そこがキモだと思います。いや他ドラマ化見てる限り何の意味もない可能性もあるけどさ……。

 いろいろ言う輩もいますけど、原作からの改変はいいんですよ。ドラマ作中で筋が通っていれば、むしろ今話の細かい部分のように功を奏する改変もありますし。ただ、ドラマ単体で見て作中できちっと解説がなされる作りになっていてほしいなあ、と強く思うし、その為ならドラマ版オリジナル火村過去回とかやってもいいと思う。だってその方がわかりやすいし。自分が原作を知らないでこのドラマを観るとするなら、そこは「原作でも描かれてないし~」って引き伸ばさないである程度ドラマ内でケリを付けてほしい。
 地の文がないだけアリスの行動原理も判りづらくなっているので、そのぶん初見の人の主人公コンビへの視点合わせが困難になっていないかはちょっと心配です。原作はアリスの語りだから視点合わせやすいんだけどね。そう考えると小野のキャラ付けはニュートラルでありがたいな(ドラマによくある探偵に批判的な刑事ってニュートラルな視点の提供者だと思っているので、個人的には有用だと思う)(原作でももっと火村に批判的な刑事が出てきてええんやで)。

 あと、犯人役の演技がとても良かった。特撮俳優がバンバン出てるらしいということは人伝に聞き及んでいますが、それもテレ朝刑事ドラマ感があっていいですね(日テレだけど)。『科捜研の女』とかね。


☆三話『准教授の身代金』

 原作は『モロッコ水晶の謎』収録『助教授の身代金』。

モロッコ水晶の謎 (講談社文庫)

モロッコ水晶の謎 (講談社文庫)


当時は学校教育法改正前だったので「助教授」表記だったのですね。火村の役職名も作中で「助教授」から「准教授」に変わり、法改正に触れるメタい言及が『妃は船を沈める』にありました。
 作中の暗号は『ペルシャ猫の謎』収録『暗号を撒く男』。短めの暗号モノで、ドラマ版だとちょっと要素を入れ替えてあります。

ペルシャ猫の謎 (講談社文庫)

ペルシャ猫の謎 (講談社文庫)


 一話・二話とも事件の筋書きと謎解き自体は驚くほど原作に忠実だった印象ですが、三話ではロジックの軸をそのままに、ガッツリアレンジを加えてきましたね。構成自体も巧い流れにしたなと思ったんですが、最初から実行犯を敢えて明かすことで視聴者の考えるべき謎を絞り、また倒叙のような雰囲気にミスリードさせてひっくり返す、というのは大胆な改変でありながら、ドラマという媒体で効果の高いものだと思いました。
 一話から観ていて思うのは、ロジックの美しさにもかかっているであろうキメ台詞に象徴されるように、このドラマは「原作のロジック重視をドラマでも大事にしよう」という制作陣の意気込みを強く感じる作りになっているというところ。
 大抵のサスペンスドラマでは犯人を当てることに重きが置かれるので、視聴者は配役から犯人を予測したり(2サスあるある)、制作側も「意外な犯人」に重きを置いて脚本を作ることが多いと思います。ただ、有栖川作品は原作からして「犯人の名前だけ当てられても、痛くも痒くもない」ロジック重視の本格ミステリ。ドラマでもそこを汲んで、「とにかく推理の過程を見せたい!」という印象を受けます。一話からして、容疑者自体は少なくて、カンで犯人を当てるだけならシンプルですもんね。
 それが本格ミステリを読まないテレビドラマ視聴者にどの程度アプローチ出来ているかはわかりませんが(「犯人判りやすすぎだろ」とか言う人はいるんだろうなぁ)、少なくとも努力は感じる。実際にドラマだけ観ている方にその辺を訊いてみても判ってくれる方が結構いるので、功を奏していることを信じたいですね。でもこれはドラマの出来云々以前に、ミステリというジャンルに対する認識問題にもなってくるので闇が深い(笑)。
 今話は実行犯を明かしておくことで、「でもそれだとおかしいぞ、じゃああの脅迫状はなんなんだ?」という疑問を軸にストーリーを引っ張って行った感じで、これは原作の地道な展開をきれいにまとめ上げており効果的に思えました。

 原作で地味に好きなのが捜査一課特殊班(いわゆるSIT、大阪府警だとMAATという略称らしいですね)が地道に誘拐捜査やってるところなんですが(SITが地味な仕事やってるのがとてもいい)、流石にドラマではレギュラー面子でしたね。残念。

 アリスの「事実は小説にしない主義」をここで持ってくるのはいい仕事。犯人との対比も決まりますし、今まで1・2話では漠然としかわからなかった有栖川有栖という人物の人となりがようやく垣間見えるワンシーンでもあります。また、次回が『ダリの繭』というアリスをがっつり掘り下げる回なので、そこに繋げる意図もあるのでしょう。

「いいえ。現実の犯罪とミステリは別物ですから。私は、百パーセントの虚構を書くのが好きなんです」

(『モロッコ水晶の謎』収録『ABCキラー』より)

火村の講義にアリスが潜り込むのは『46番目の密室』冒頭からでしょうか。やたらカレー食ってるのも大学時代のエピソードからですかね。こいつらいつもカレー食ってんな(と本人も『菩提樹荘の殺人』で言っていた気がする)。