お久しぶりです。というわけで有栖川有栖ファンとしては外せない連ドラ『臨床犯罪学者 火村英生の推理』一話『絶叫城殺人事件』を観ました。
キャスト発表された当初は、斎藤工といえば『相棒』season10の正月SP(相棒ファンなら周知の回ですが何度観ても神回ですね)、窪田正孝といえば『デスノート』、くらいの認識でしたが、「おっ!? コレはアリじゃねーの!?」と思わせてくれる軽快なコンビネーションと丁々発止のやり取りが気持ちいいドラマでしたね。
演出は最近のミステリドラマにありがちなシャーロックや~~~!これシャーロックや~~~!感が強かったものの、タイポグラフィ演出などはロジックを重視する本格ミステリドラマとしては最大限わかりやすい見せ方を頑張っているように感じました。
各所で言ってますが、「連ドラとして観てて面白いのは推理より圧倒的に自白の時間」なんですよね。なぜかというと、単純に文字だと何回も読み返して納得できるけど映像だとわかりにくいから、だと個人的には思ってます。なので、綺麗なロジックや驚天動地のトリックより人間ドラマのほうが面白いじゃん、となってしまうわけです。
その辺に対してこのドラマは、推理の過程の演出での補強、ブラフ犯人の設置、また動機部分の補足等、今の所割といい線いってるんじゃないかな?と感じました。ただ、これはミステリ好きかつ原作既読者の意見なので、違う立場の人が観てどう思うかはわかりません。今のところ周りでは好評なのでこのまま突っ走ってくれ~。
以下はドラマの感想とか元ネタ回収とか考察とかメモです。
これはあくまで原作ファンのお遊びであって、小説のドラマ化は原作に忠実であれば面白いわけではなく、また原作の答え合わせとしてドラマを観るというのも面白くないと思います。単体で面白いか、そして原作に手を伸ばしたくなるかどうかが一番重要。なのでわかる人がニヤッとするためのものだと思っていただければ幸いです。
ネタバレ的な配慮はしておりませんので注意してください。
ページ数は手許の本からなので旧版・新装版バラバラです。あまり参考にしないほうがいいです。
☆ドラマ冒頭
『暗い宿』収録『201号室の災厄』アレンジ。
原作ではロックミュージシャンだったポジションをマジシャンに(空中浮遊ネタはそのまま)。
原作中で火村が披露する仮推理をメイントリック化。
『201号室の災厄』は密室劇であり、この仮推理を犯人に提示すること自体が重要。なので、これをメイン推理にしてしまうといわゆる(?)科学捜査介入問題が浮上してくる。そこで一話冒頭の短い形式にしたのかな、と思いました。状況証拠の盛り込み方もそのためかな。
他局だけど『スペシャリスト』も冒頭解決やってましたね……
「馬鹿だよ。完全犯罪のつもりだっただろうが、過剰な演出で飾りすぎだ」
火村の声が犯人に聴こえたのは『怪しい店』収録『ショーウインドウを砕く』のラストからでしょうか。この記述は 火村の恐ろしさ・得体の知れなさを示すわかりやすい箇所なんですが、ドラマ冒頭に持ってくるのはキャラクターの説明として巧いですね。
ドラマ版は火村英生という人物の異常さ・恐ろしさ・狂気の部分がわかりやすくピックアップされているように感じます。
☆「この犯罪は美しくない」
決め台詞。プロデューサー発案だとかなんとかどっかで見ました。
よくわかんないですが「人間の不確定な意志が介在するから完全犯罪に綻びが生じる」という意味にもとれます。となると「完全な犯罪などない=美しい犯罪などない」という反語なのかもしれない、とはちょっと思いました。
まああんまり深く考えるところじゃないと思う。
ちなみに原作の火村はこれに類する発言はしてないと思う。多分してない。してないんじゃないかな……
「実に面白い」みたいなもんですかね。
☆「男は、学問にかこつけて人を狩る」
『ダリの繭』文庫p349より。
「火村先生の繭は何や?」
彼は大きな欠伸をした。そして――
「学問にかこつけて人間を狩ることさ」
あまりにも自嘲的な口調だった。
ビーンズ文庫版では確か帯のキャッチフレーズにもなっていた台詞だったはず(手許にないのでうろ覚え)。
火村の行為を端的に表した一言。
「ハンター」という喩えも割と作中に出てきます。
「あんたがハンター気取りの名探偵だってことだよ。犯罪者を蝶々みたいにコレクションして喜んでる正義の味方か。刑事でもないのにおせっかいな男だ。権力に飢えた下衆じゃないか。私の知り合いの男はな、あんたのことを化け物だと言ってたよ。天才の譬えじゃない。ただの化け物だ。当事者でもない、警察官でもないのに、犯罪の中に飛び込んできて、犯人を狩り立てて喜ぶなんてこと、まともな神経ではないものな」
(『ブラジル蝶の謎』収録『ブラジル蝶の謎』p68)
「いえ、有栖川さんの言うとおり、先生は笑ってなかったのかもしれません。けれど、顔の筋肉がほんの少し動いたんです。何か感情の変化があったことだけは間違いありません。私には、ハンターが獲物を照準に捉えた瞬間の表情に見えました」
(『妃は船を沈める』p235)
☆講義シーン
ドラマでは物好きが受講する科目みたいですが、原作では人気講義っぽいです。
定員二百人ほどの階段教室はおよそ五割の「入り」だった。十二月二十四日という時期、しかも一講目だということを考えればまずまずの人気ではないか、と思う。
(『46番目の密室』p12)
「そんなことはありません。火村先生の講義は人気があるんですよ。採点が厳しいので有名だから、聴講だけする学生が多いんですけれど。内容が濃いだけじゃなくて、私語をするような学生は退室させるので、とてもいい授業が受けられます」
(『朱色の研究』p220)
逸脱行動論というとマートンとかそのへんですかね……。講義で触れたことあるんですけど完全に忘却しました。助けて犯罪社会学クラスタ!
☆下宿シーン
映画『船を編む』みたいなのを想像していたらめっちゃ豪華でシャレオツでござるの巻。
多分三人配置して映してごちゃごちゃにならないために広く取ったんでしょうなあ。それにしても全体的にオシャレ京都ドラマだ……。
アリスの作品『桜川のオフィーリア』は江神シリーズの実在の短編名から。
知らない人のために説明しますと、有栖川作品には火村シリーズと江神シリーズという二大シリーズがありまして(最近はソラシリーズもあるよ!)、火村シリーズ(作家アリス)シリーズは学生アリスが、江神シリーズ(学生アリス)シリーズは作家アリスが執筆しているという設定になっています。
このネタ、ネタバレ扱いする人はネタバレに含めるんですけど、読んでても細かい記述拾わないとわからないし明言されてるわけでもないのでネタバレになるのかな~まあこの記事はネタバレ気にしないって書いたからいっかな~という感じです。以上。
洞察はいいぞ
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『金色の館』はなんだろう……綾辻行人の館シリーズ的なノリかな……
醤油ソース議論ですが、「火村がなんでも醤油かけるのは北海道という寒い場所出身だから、アリスがソース派なのは大阪出身だから」という説を見かけました。もしかして育ちの違いを味覚で表している可能性が微レ存……?
☆捜査シーン
視聴中のメモに5回くらい「ヒガンバナ」って書いてあった。被ってない?大丈夫?堀北真希と共演する?
小野は警部補らしいし部下に指示してるシーンがあるので、鍋島が係長小野が主任とかなんでしょうか。
京都府警のキャラクターは原作の京阪神各県警のキャラクターをミックスした感じがしますね。鍋島は船曳警部+鮫山警部補、小野は高柳巡査長とあとちょっと野上巡査部長の要素もある?
殺人現場を見る火村の顔を見て驚く小野の場面は前述の『妃は~』のシーンを彷彿とさせました。
☆「臨床犯罪学者」
このフレーズの説明をちゃんと一話冒頭に持ってきたのはえらい。
火村シリーズのメディアミックスで割と不満になりがちなのが、アリスの造語であるこの語が何の説明もなしに用いられることだったんですよね。あと「フィールドワーク」も使い道が普通と違うので説明してほしい所。
原作の記述はこんな感じです。
彼が言うフィールドワークとは、犯罪の現場に実際に飛び込み、警察の捜査に参画することだった。火村英生は文献を渉猟して論文をまとめたり、教壇に立って学生に自分の知識の切り売りをするだけの学者ではなかった。法律学、法医学、心理学にも通暁した彼は、犯罪捜査の実践―――探偵だ――にも豊かな才能を有しており、警察の捜査にしばしば加わっていたのだ。医学の世界には、基礎医学者に対して、患者の治療の実践に携わる臨床医学者という存在があるが、それに倣って、私は彼を『臨床犯罪学者』と呼んでいる。
(『ダリの繭』p14)
また、アリスの説明した火村の推理方法は原作『絶叫城』から。
「とか言いながら、プロファイリングを応用しているんじゃないのかなぁ。私が見たり有栖川さんから聞いたりしたところからすると、火村先生は事件の全体を観察して犯罪のパターンを見抜き、過去の経験と照合することで真相を透かして見ようとしていませんか?」
それはどうだろう。火村がどのように頭脳を働かせているのか、凡夫の私にはよく理解できない。しかし――
「おかしな表現になるけれど、事件の全体を観察して彼が見抜くのは、犯罪のパターンというよりも……犯人が拠り所としたものやと思うんです。ある時は手の込んだ偽装工作であったり、またある時は見えにくい犯行動機であったり……」
(『絶叫城殺人事件』収録『絶叫城殺人事件』p311)
☆絶叫城
コ ン ト ロ ー ラ ー E L E C O M
絶叫城の元ネタはクロックタワー説は結構見ましたが、割とそんな感じはしますね(やったことない)。
零とかを想像していたので思ったよりローポリでちょっとびっくり。PS2くらい?と思ったけどMGS3とかもPS2だしなあ……
30万本はホラーゲーとしては割と売れてる方ですね。ゲーム会社名が変わってるのは実在の企業と被るからかな?
PVでもあった火村が右手を挙げる場面っぽいのが原作読んでたらあったので一応書いときます。
船曳警部の机の脇に立っていた火村がひょいと片手を挙げた。
(『ロシア紅茶の謎』収録『動物園の暗号』p76)
☆アリス自室
みんな大好きカナリアネキ
隣人のカナリアの飼い主・真野早織は『ダリの繭』で初登場、その後もシリーズにちょくちょく出てくるレギュラーポジションのキャラクターです。ドラマの女優さんはクレジットの位置的に橘美緒さんでしょうか? 綺麗な人でしたね。ドラマでも彼女がかかわる回をやってほしいもんです。
「今晩は。今、よろしかったでしょうか?」
勤め先から帰ったところなのか、ラベンダー色のスーツ姿の彼女、真野早織は遠慮がちに尋ねた。右手に白い鳥籠を掲げている。それを見るなり、彼女の要件が判った。
(『ダリの繭』p58)
彼女のカナリアは鳴かないカナリアという設定だったはずですが、ドラマ版では思いっきり鳴いてました。仕方ないね。
☆「憎むべきは犯罪者であって、犯罪ではない」
ドラマ版火村のモットー。「犯罪者を憎み、犯罪を愛する」探偵という設定。
この設定自体は原作の「人を憎んで罪を憎まず」というフレーズがベースになっているものだと思われます。
『廃馬は撃って楽にしてやれ』という慈悲心を犯罪者に対して抱くことはない、と彼は言う。そうなのだろう。これは私の誤解かもしれないが、彼は『犯罪者を憎んで、犯罪を憎まず』と考えているのではないか、と私には感じられたこともある。いつだったか、テレビで熱弁をふるう死刑廃止論者を冷ややかに眺めていた。
(『ダリの繭』p88)
何故、犯罪者をほうっておかないのだ?
人を憎んで罪を憎まず、などと言って嗤うのだ?
(『海のある奈良に死す』p285)
「私もそう思う。火村君の犯罪観について興味があるから、聞かせてほしい」
「犯罪観?」
「そう。『人を憎んで罪を憎まず』って言うたことがあったでしょう。あれはどういうことか詳しく聞きたい」
(『菩提樹荘の殺人』収録『探偵、青の時代』p178)
原作の火村は特に犯罪を愛している感じはしない(犯罪学の研究も面白いからしているわけではない)のでドラマ化にありがちな誇張ではありますが、じゃあ原作の火村って犯罪を憎んでるの? と考えると「犯罪を憎んでいる」という記述と「犯罪者を憎んで犯罪を憎まず」という記述がコンフリクトするんですよねぇ。まあ後者は慣用句的用法ではあるんですけど。
個人的な解釈では、「人を憎んで罪を憎まず」というのは「罪を憎んで人を憎まず」の逆、つまり「犯した罪ではなく罪を犯すに至った人間を憎む」と捉えています。犯罪を犯すに至る過程はあまねく全ての人間が選びうるものであり、だとすれば罪に至る要因を抱えることではなく、その道を選択した本人の問題であろう――と。これは火村シリーズ全体に通じる「人は誰しも犯罪者になりうる」というテーゼとも接続が可能です。
だから、まあ、誇張ではあるけど、無根拠ではないかなあ、と思います。最初はびっくりしたけどな!
☆「人を殺したいと思ったからだ」
火村の行動原理。そしてシリーズ最大の謎(作者が最大の謎と思っているとは言ってない)。
このフレーズが作中で登場するたびに有栖川ファンの脳内には「クエスト達成」の文字が出現することで有名。
これ、「原作では『人を殺したいと思ったことがあるから』だからドラマオリジナルっすよね?」という意見を聞いたんですけど、割と原作でも表記揺れてないですか?
と思ったので調べてみました。
- 「人を殺したい、と私自身が思ったことがあるからです」(『46番目の密室』)
- ――俺自身、人を殺したいと真剣に考えたことがあるからだ。(『ダリの繭』)
- ――俺は人を殺したいと渇望したことがあるからだ。(『海のある奈良に死す』)
- ――俺も人を殺したいと思ったことがあるから。(『スウェーデン館の謎』)
- 「人を殺したいと思ったことがあるから」(『ブラジル蝶の謎』収録『ブラジル蝶の謎』)
- 「俺も人を殺したいと思ったことがあるから」(『朱色の研究』)
- 「先生は、人を殺したいと思ったことがありますか?」
(中略)「あるよ。――それがどうかしたか?」(『朱色の研究』)
- 彼は言う。自分はかつて人を殺したいと渇望したことがある、真っ黒く暗い淵に立ったことがある。そこから引き返したがゆえに人を殺す者が赦せないのだ、と。(『絶叫城殺人事件』収録『絶叫城殺人事件』)
- 「俺自身が人を殺したいと思ったことがあるから」(『マレー鉄道の謎』)
- 保護者の前でも聞いていられる穏当な回答だったので、私は安心した。さすがに「おじさんは人を殺したいと思ったことがあってさ」と語るとは思っていなかったが。(『乱鴉の島』)
- 「人を殺したいと思ったことはあるが、自ら命を絶とうと思ったことはない。一度も」(『長い廊下がある家』収録『ロジカル・デスゲーム』)
- 彼が犯罪学の道に進み、犯罪捜査に加わって<臨床的>にその研究をするようになった動機は、自分自身が人を殺したいと本気で思ったことがあるからだ、という。(『菩提樹荘の殺人』収録『アポロンのナイフ』)
- ――人を殺したい、と思ったことがあるから。(『菩提樹荘の殺人』収録『菩提樹荘の殺人』)
- 「火村先生は、人を殺したいと思ったことがあるから人を殺す人間が赦されへんのやそうですね」(『怪しい店』収録『怪しい店』)
- 彼が狩人のように犯罪者の臭跡を追いかけ、法の裁きを受けさせようとする動機について、かつて自分自身が人を殺したいという願望を持ったことがあるからだ、と言う一方、いつ誰に対してどのような殺意を抱いたかは黙して語らない。(『鍵の掛かった男』)
バラバラやんけ
こいついつも人を殺したいと思ったことがある話してんな
表記ブレは割とあるけど「思ったことがある」は割と定型ではあるかなーとは思います。ただ、『ブラジル蝶』を読む限り探偵行為の理由を問われる度にこの答えを返しているようなので(ええー……)、形を変えて同じ意味の言葉を違う表現で何度も口にしているのではないでしょうか。
そう考えると表記が原作と違う云々とかもうどうでもよくなってきた。つうかなんでこんなん真剣に調べてんねん……徒労を感じるので二次創作とかする人はなんとかして役立ててください。
なんかまあそんな感じで原作との比較など書いてみました来週はもうやりません。
愚かにもドラマを観て初めて気付いたんですけど、『絶叫城』は作中のゲームの「クリアしたら主人公が狂気の城を引き継ぐ」という設定が、物語の「弟の連続殺人犯と言う肩書きを姉が引き継ぐ」ことに重ねあわされているんですねこれ……。やっぱり巧い話だなあ。そして奇しくもマスメディアの安易なゲーム悪影響説批判・「心の闇」言説批判を一話に持ってくるこのドラマ、次回が楽しみです。
- 作者: 有栖川有栖
- 出版社/メーカー: 新潮社
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