幻想俯瞰飛行

生存記録を兼ねて長文を書くためのブログ。文章読んだり書いたりします。 

アジカンになりたかった17歳の私へ、誕生日によせて

 今から1年前、2016年の12月12日。私の26歳の誕生日。アジカンの再録『ソルファ』を聴き、思い出したようにライブの予定を調べてみたら、1月の武道館のチケットが申し込めたので、軽い気持ちで申し込んでしまったことは、昨日のことのように思い出せる。
 その武道館公演を観て、改めて深く感動し、アジカンに捧げた10代を思い出して、もう一度ファンに舞い戻ってしまった。そうして始まった2017年にはいろいろな出来事があって、いろいろな出会いがあった。音楽文.comに掲載していただいた文章で賞を頂いたり、後藤さんにサインを貰ったり、高校時代アジカンの話題を共有した友人とライブを観たり、ライブ後に大学のサークルの先輩とみっちり音楽の話をしたり、後藤さんのラジオでメールを読まれたり、トチ狂って岐阜まで遠征したり、映像作品集13巻の先行上映会に当選したり、アジカン×FEEDERツアー東京二日連チャンで足腰が死んだり、こうして並べてみると本当にアジカンに埋め尽くされた一年だったなぁと思う。去年の誕生日に直感に従ってライブのチケットを取らなければ、多分こうはなっていなかった。
 今年の前半は特に持病のキツかった時期で、精神的にもかなり参っていたときだった。我慢できないほどつらいことがあって、帰りがけに逃げ込むように浦和のタワーレコードに飛び込み、映像作品集12巻を買って帰ったことを思い出す。10代の頃の精神的支柱となったバンドに、私はまた戻ってきてしまった。それでも、そのおかげで現在は持ち直し、まあまあ安定した日々を送れているんだけど。

 前述の音楽文.comに掲載された文章は「『アジカンという呪い』を超えて」という題名だった。この「呪い」とは、アジカン自身にとっての「アジカンという固定観念」の呪いのことだけれども、私もまた、別の意味で「アジカンという呪い」の渦中にいた人間なのだと思う。
 先日、長い付き合いの地元の友人たちと飲んだとき、ふと高校から大学の頃のことを回顧して、「私はずっと後藤正文になりたかったんだ」という旨の言葉を口にしてしまった。ものすごく恥ずかしいフレーズではあるけれど、それは10代の私のまぎれもない本心だった。
 私はずっと、アジカンになりたかった。
 オタクで、陰キャで、非リアで、形容はなんでもいいけれど、学校という小さな社会にすらまともに馴染めずにフィクションばかりを愛していた中学生の私にとって、アジカンという存在は衝撃だった。
 Tシャツにジーンズでギターを掻き鳴らす、冴えない眼鏡の男。普通のお兄さん四人が集まって作り上げられる、ロックンロールという音楽。電撃が走るような運命的な出会いではなかったけれども、アジカンは私の生活を一変させた。ロックという未知の世界へ、私を誘ってくれた。自分たちだけでなく色々な音楽を聴いてほしいという、あくまでいち愛好家としての視点を失わない姿勢のかっこよさ。ナノムゲンフェス等の行動に移す決断力。現在に至るまで貫かれている、自己利益だけを目的としない広い視野。それでいて嫌味のない、「ひとのいいお兄さんたち」といったメンバーの人柄。それと対比するかのような、長い下積み時代の苦悩。言葉にすれば陳腐になってしまうけれど、惹かれた部分はたくさんある。
 音楽も、スタイルも、精神性も、何もかもが魅力的に見えた。ラジオ番組を毎週欠かさずMDに録音して聴き、後藤さんのweb日記をくまなくチェックし、新譜が出ればなけなしのお小遣いをはたいて買い、学校生活の合間を縫って年に何回かだけライブに参加した。オタク少女はアジカンに出会い、外面も内面も変わったし、付き合う友人も増えて、すっかり生まれ変わったかのように思えた。
 これはもう何度も口にしているし自虐的にネタにすらしている話だけれど、大学に入学したら軽音楽部に入ってバンドを組む、それが私の高校生活の最大のモチベーションだった。つまりは、アジカンと同等のルートを歩みたかった。私は自分がアジカンに、後藤正文になれるものなのだと確信していたし、そこに疑いはなかった。10代の稚拙な全能感だ。同い年のアジカン仲間と、大学に入って軽音に入部したら一緒に企画やろうね、みたいな話とかしてみたりして。懐かしいなぁ。
 でも、大学に入ってみて、私は自分が何も努力してこなかったことを知った。まず人間と会話できない(冗談みたいな言い方だけど、マジでコミュ障だったんですよ……)し、周りの学生の雰囲気にもついていけない。自分がメチャクチャ浮いてることを突き付けられる、地獄のような時間。軽音サークルの合同新歓ライブを観に行っても、同級生と話が進まない。それでもとあるサークルの新歓花見か何かに参加するところまでは頑張ったけれど、そこでとある人に冷たくあしらわれて、完全に心が折れて、私は軽音に入ることを諦めた(なんかこのくだり1月のライブレポでも書いた気がするので読んでる人いたら二度手間ですいません)。その帰りに会った人に救われたり、別のサークルに拾われて居着いたら天国だったり、いい事もいろいろあったんだけど。
 いま思えば甘えもいいところで、本気でバンドがやりたいなら他にいくらでもやりようはあった。そもそも気の合う人を見つけてきてバンドを組めばいいだけの話だし、学内にも学外にも様々なサークルは存在していた。それでも当時の私には限界だった。
 だって私は、後藤正文になれるって思ってたんだ。
 大学に入ったら、軽音の新歓に行ったら、私にとっての喜多建介に出会えるって思ってたんだ。
 誰しもが持ちえる10代の稚拙な全能感。私の場合は、その時に音を立てて壊れた、のだと思う。

 「私はアジカンによって変わることができた」。そう躊躇いなく口にできたのなら、どんなに幸せだっただろう。確かに表面的な部分は変わっただろうけど、本質は何も変わっていなかった。今の自分から目を逸らして、光り輝く人の外殻だけを真似ようとして、真似できると勘違いして、結局どうにもならなかった。後藤正文になりたいと願った10代の私は、しかし彼を何も理解していなかった。『ソルファ』が売れたことによる苦悩と疑心暗鬼も、『ファンクラブ』の葛藤も、その時期を身近に過ごしながらも、たぶん欠片も理解できていなかった。それだけじゃない。彼の目指すところも、その信念も、分かっていなかった(し、今も完全に理解は出来ていないんだろうな……)(他人のことを完全に理解できる人間なんて存在しないっちゃそうなんですが)(でもそんな相手に憧れてたなんて茶番じゃないですか)。
 結局、私はその挫折とちゃんと向き合わないまま、大学生活を過ごしてしまった。バンドを組むことも、企画を運営することも、音楽関係の企業に就職することもできなかった。それならそれで、新しい目標を見つければよかったけれど、それも出来なかったと思う。軽音の代わりに居着いたサークルはとても良いサークルで、生涯の友人と経験を得たと思っているけれど、私はその素晴らしい居場所を何も生かしていなかったんじゃないか、と未だに思っている。
 バンドどころか、ギターだって続かなかった。音楽を聴き続けるのもつらくて、ライブからも足が遠のいた。それが原因なのか、はたまた別の何かだったのかは思い出せないけれど、震災の後あたりにツイッターで後藤さんのフォローも外してしまった。
 時間軸は前後するけれど、軽音入部を諦め、なんとか出身サークルに居場所を見つけられるようになって、音楽からもちょっと離れかけていたときに、佐野元春のザ・ソングライターズで後藤さんがゲスト出演している回を観た(ググったら2010年7月らしい。二年生の夏ですね)。某大学を会場に講義形式で進められていたその番組で、後藤さんに歌詞についての質問を投げかけたのは、私と同じ大学の(もしかしたら同い年だったかもしれない)学生だった。それを見た瞬間、悔しくてめちゃくちゃに泣いてしまった。なんで私じゃないんだろう、なんであの人なんだろう、と。
 思い上がりも甚だしいし、滑稽だし、どうしようもない感情なんだけど、それでも私はひどく絶望して、文章を書く意味なんてないと思った。私はアジカンではないし、アジカンになれないし、アジカンに選ばれることすらできない。そんな当たり前に飲み込むべき現実を飲み込みたくなくて、自分が夢と呼ぶのも烏滸がましい傲慢な欲求に縋りついていたことに直面させられて、泣くしかなかった。今も書いてるだけで失笑がこみ上げてくるくらいどうしようもない人間だな。

 結局、そんな怨念を消化することもできずに大学を卒業し、社会に出て、出てというか全く社会人を全うできていないけれど、今に至る。私はずっと、そのことから逃げていた。自分自身と向き合わないまま他人の影ばかり追いかけて、ようやく他人が自分でないことに気付いて、自分の姿を改めて見直して、そのあまりの虚ろさに恐れおののいて、対峙することから逃げたまま生きてきた。
 体調不良から自分自身の身体、ひいてはそれと連なる精神に向き合わざるを得なくなった26歳の私が、アジカンと再会を果たしたのは、ある種運命だったというか、天啓のようなものだったのだと思う。アジカンを聴くことは、アジカンと向き合うことは、私が自分から逃げ続けてきた10代と向き合うことに他ならなかった。
 音楽文.comの「『アジカンという呪い』を超えて」を書いたときも、6月にとあるイベントで後藤さんにサインを頂いたときも、私はそれらの過去を過ぎ去ったものだと思っていた。だからこそ、このブログの1月のライブ記録でも、「『アジカンという呪い』を超えて」でも、私は過去を完全に俯瞰した視点で記述している。けれど、よく考えて、向き合ってみて、私はずっと過去に縛り付けられているのだと知った。
 アジカンに、後藤正文になれなかったどころか、それに挑むことすらできなかった。
 別の軽音サークルに入れていたら? 他所でバンドを組めていたら? 一人でも楽器を続けていられたら? 音楽関係の仕事に就けていたら? 何か踏み出せていたら、こんなに引きずられることはなかっただろうか?
 人生にifはない。今更過去を省みたところで、何かが変わるわけでもない。それでも私は、朽ちた夢の残骸から先に進めない。
 この1年は、再びアジカンと出会い、彼らのいまを知り、私が過去の自分と向き合うためのものだったように思う。私自身の「アジカンという呪い」と向き合い、決着をつけるために、私は再録『ソルファ』を手に取り、武道館へ赴いたのだろう。

 この1年、再び10代の頃のような熱量をもってアジカンを追いかけて、何か決着がついたのかと問われれば、何も変わっていない。それどころか、むしろ「10代の頃の夢に決着をつけることなんて無理だ」ということをすんなりと受け入れられるようになってしまった。
 私は未だにアジカンの新譜を心待ちに生き、ライブに赴いては涙し、後藤さんに憧れ、2010年に彼から貰ったリプライをお守りのように見返しながら(キモいな!)過ごしている。10代の頃と何も変わっちゃいない。アジカンは悩み苦しみ間違いながらも前に進んできたというのに。
 10代の頃に思い描いていたような大人にはなれなかった。バンドもやっていない、音楽関連の仕事もしていない、結婚もしていないし身の回りのことも一人でこなせない、知識も教養もない、音楽を沢山聴くこともできない、仕事帰りにライブハウスにふらっと立ち寄れたりしない、今後ブレイクするバンドマンの友人もいない(そもそもバンドやってる友達いねえな……)、見た目は垢抜けない、精神も幼いまま、こんな文章を書いているくらいみっともない、そんな大人になってしまった。10代の頃の自分が今の自分を見たら、たぶん生きていく気力を失うだろう。
 でも。それでも、今、割と楽しいよ。
 アジカンにはなれなかったし、今後も一生ああはなれないけれど、それがとても悔しくて、未だに受け入れられていないけれど、でも、人生は案外楽しい。あの頃思い描いていたようにすらすらと音楽を語れる文化人としてではなく、アホなミーハーとしてアジカンを追いかけているのも、それはそれで面白い生活だよ。
 だって、アジカンはそんな私も許してくれるバンドでしょ。アジカンを好きでいることは、それだけで楽しいことでしょ。決して手の届かない遠い星を見つめるのも、それなりに悪くない人生だよ。

 多分この怨念は一生引き摺って行くしかないもので、今までは恥ずかしくて口にできていなかったけれど、もう隠すのもやめた。ベラベラ喋ろうと思った(なので余所でも書いたりしている)。
 体系的な音楽史に明るいわけでもなく、豊富な教養に基づく的確な批評ができるわけでもなく、楽器経験や理論知識から楽曲を解明できるわけでもなく、文学方面から歌詞を分析できるわけでもなく、ファンとしてバンドに関する知識を蓄積してきたわけでもない私がアジカンを語るには、こうやって自分の怨念を切り売りするしか、もう方法はない。別にそんなもん聞きたくねえと言われるかもしれない(特に豊富な知見をお持ちの音楽好きの方々には)。
 知るか。語らないと私が死ぬんだよ。語らせてくれよ。私はこうやって書くことでしか、自分をなんとかできないんだよ。
 私にだってアジカンを語る方法はあるって、そう思わせてくれよ。
 だって私はアジカンになれなかったんだからさあ。

 それにしても、こんな重いもの(自分で言うか?)を背負わされているアジカンって、本当にすごいバンドなんだなと思えてしまう。いや、別にそれはアジカンに限った話ではないのだけれど、というか音楽に限った話ですらないけれど、アジカンの、というか後藤さんのすごいところは、あくまで人間としてそれらを受け止めているところだと思う。いや、他の人が人間じゃないとかそういう意味じゃなくて、比喩です。
 先日ツイッターで流れてきたライブのレポートで、かつて一番売れていた時期はファンの気持ちに応えようとするのがつらかった、といった旨の(元の発言を聞いたわけではないので、正確なニュアンスを理解していなかったらすみません)MCを後藤さんがされていた、という話を見た。そりゃそうだよなぁ、と思った。私自身、アジカンがなかったらどんな10代を送っていたのかわからないし、それを想像しようとすると恐ろしくなる。
 私の感情や人生は私一人が背負えばいいけれど、それを何百人、何千人、何万人分託されるミュージシャンは、いかなる重圧をその身に背負っているのだろうか。それを完璧に背負いこなせてしまう人もいるんだろうし、そういう人こそが人前に出る仕事を天職とするんだろうけれど、アジカンは、後藤さんは多分そうじゃない。『何度でもオールライトと歌え』を読んでいても、彼は迷い、狼狽え、苦しみ、それでもなんとか足掻こうとする、特別に強いわけではない一介の人間でしかないように思える。
 それもまた、「アジカンという呪い」なんだろうな(我田引水)。彼らはそれを背負うことを決めた。そう思うと、私も自分の人生くらいは自分で背負っていかなきゃな、という気持ちにさせられる。

 誕生日ということで、この1年を総括する文章を書こうと思ったんだけれど、この1年を語るにあたってアジカンはどうしても外すことができず、そうなると「アジカンという呪い」の話になってしまうので、こういう風になるしかなかったのでした。
 でも、嬉しいのは、こういうことをちゃんと言語化することで、理解してもらえる部分が生まれてきたということ。そして、案外私のような人間が(対象がアジカンであるかどうかは差し置いて)この世の中には存在するんだな、ということがわかったこと。そりゃそうだよな。夢が叶う人間のほうが少ないもん。
 あと、ナラティブセラピーとかの話に繋がるんだけど、こうして自分の認識しているライフストーリーを語り直すということは、自分の人生に新しい発見を見つけ、さらにそこに新しい意味を付加することなんですよね。私はアジカンを語る中で、自分の人生を語り直してるんだな、と思う。
 私の人生は私のもので、私の挫折も私のもので、だからこそ「アジカン? 昔流行ってたよね」「最近聴いてないな~」「まだ解散してなかったの?」「ボーカルがなんか政治の話してるでしょ?」「ソルファ、昔のほうがよかったね」みたいな輩に軽々しく私を再解釈されたくない。そこに抵抗するには、こうやって言葉にして、伝わる人に伝わってくれることを祈るしかない。まあ、書いた時点で割と満足はしてるんですけどね。なんか書いててちょっと泣きそうになって自分でもキモいな。キモいオタクすぎるな。

 そんなこんなで27歳になりました。カート・コバーンが自ら命を絶った年齢ですね。他にもジミ・ヘンドリクスとかジャニス・ジョプリンとかジム・モリソンなんかも27歳で亡くなったそうで、ロックミュージシャンの鬼門とか言われてるらしいんですけど、まあ私はロックミュージシャンではないので多分関係はないし、27歳を過ぎても普通に生きていくんだろうな。
 でも、それでいいじゃん。
 こうやって自分をどんどん客観視できるようになってくるし、年齢重ねるごとにレベルアップしてる感じがするので、歳を重ねるのは割と嫌じゃないです。歳で失われる美貌なんてもとからないしー? もともと病弱だから体力もないしー?
 27歳を過ぎたロックミュージシャンは「ああ、俺は天才やなかったんやな」と思うものなんでしょうか。私もまた、27歳になってみて自分が特別だと思っていた頃を振り返っているわけで、なんか運命的なものを感じるような感じないような、そんな感じです。
 特別じゃなくてもいいじゃん。所詮ただ凡庸知って泣いて。そういうものが人生じゃん。七転八倒しながら暗中模索していくしかないじゃん。
 悲しくなったり、切なくなったり、ため息吐いたり、惨めになったり、いつかは失ういのちを思ったり、それでも僕らは息をするんだよ。キモいオタクなので引用しました。
 生きます。

ASIAN KUNG-FU GENERATION × FEEDER Tour 2017 12月7日/8日(豊洲PIT)

アジカン×FEEDERスプリットツアー、豊洲PIT二日間行ってきました。
一応ライブに行った記録だけは残したいんだけど、セトリとかMCとか自分で覚えてるわけじゃないし、他の方のをそのまま持ってくるのもどうかという感じなので、もう箇条書き的に断片的に書いていこうかなみたいな感じで自分用のメモです。そんな感じのゆるさなので、事実誤認等ありましたら申し訳ない。

・一日目

テナー→アジカンFEEDER
テナーは自身のトリビュートでアジカンが演奏した曲ということでセンスレスストーリー~、本当はこれをやってほしかったとTENDERをやったのがおおーと思いました。曲選自体もいいけど、こういうことを言える信頼関係が垣間見えて素敵ですよね。しかしセンスレス~はノリにくいな……周りで結構戸惑ってる人がいてちょっと笑った。全然関係ないんですけどFrom noon till dawnを聴くと手が勝手にjubeatの譜面を叩きはじめるようになってしまった。ワンマン行こうと思ってて行けなくなったので観れてよかったです。
アジカンはSAIに続きサイレン始まりだったり無限グライダーやったりぶっ飛ばしてて楽しかったです。リライトの間奏のコール&レスポンスでは後藤さんが延々「芽生えてた感情切って泣いて」を繰り返したかと思うとだんだん声を潜めはじめ、会場もそれに倣い、極力ボリューム絞った応酬に笑いが漏れ、しびれを切らした山田さんがベースのフレーズをブチ込む一幕もあって楽しかった。あと新曲も良いぞ……(後述)。
FEEDERはこの日初見。自分が離れてた頃のナノムゲンに来てたんですよねー。以前から聴いたことある曲はあったんだけど、ちょっとspotifyで聴いてみたりしたくらいで、事前知識はそんなになかったです。UKロックのいい意味での湿っぽさを保持しつつも、悪い意味での(というとアレですけど。偏見です)それらがない、すんなり入りやすいサウンドで好きだなーと思いました。あと美メロよなー。Insomnia好きだなー(insomniaって歌詞で言ってくれるので洋楽のタイトルが覚えられない三歳児でもすぐ覚えた)。
アンコールではFEEDERのhigh→アジカン&ホリエさんが登場、NirvanaのBreedを皆で演奏する大団円。「She said!」と皆で叫んで会場が一つになった瞬間でした。
余談ですが自分はこの曲の題名がずっと思い出せず(洋楽の題名に弱すぎでは?)、あー知ってるわ~あの曲だわ~あの曲だよな~とか思いながら盛り上がってて、後でググったらNevermind入ってる曲だったのでですよねーとなった。聴いててよかった高校生時代の自分。知識無オタクなので後でググって知ったけど、こういう歌詞の曲で会場が一体化してシンガロングできるのって音楽の妙ですよねぇ。

ツイッターには書いたんですが、中央上手側くらいで観られたため、余裕をもって周りの状況が見渡せて、いろんな人が楽しんでる姿を見られたのも楽しかったです。アジカンのときRe:Re:やループ&ループで顔を見合わせてニッコリ笑い盛り上がってたお兄さん二人組、めっちゃ素敵でした。リライトではやはり爆発的な盛り上がりで自分の位置にも限らず雄叫びが会場を満たしていて、サビ前で感極まりすぎたのかギャアア○△□×※ーーー!!!みたいなもう言語化不可能な叫び声を上げていた人が印象的。あと会場でのことじゃないんですけど、終演後に近くにいたFEEDERファン(恐らく世代の方なんだろうなぁ)が「今日のグラントは楽しそうだったなぁ」「フジロックの話してたけど来るのかなー」とやりとりされてたのが聞こえてこっちまでほっこりしました。こういうのもライブの楽しさかなぁ。自分もFEEDER詳しい人に解説してもらいながら聴きたかった。

終演後に買おうと思ったらFEEDERベスト完売してて泣いた。

・二日目

アート→FEEDERアジカン
アートはNANOで観たことあった気がしたけどその日行った記録が見つからないので初見かなー。九年前のこと覚えてねえ……。世代的には合ってるんだけど数曲しか知らないレベルでお恥ずかしい。
二日目は最初上手寄り二列目くらいで観れてたので、戸高さんの轟音ギターが間近で余すところなく観れてむちゃくちゃ楽しかったです。かっこいいギタリストですね……素敵だ……。木下さんの独特のボーカルといい音に酔えるバンドやなーと思ったのでちゃんと聴いていきたいです。ゴッチの好きな曲、と言いつつFADE TO BLACKをやらない、と思わせておいて最後にやってくれたんですね。ええなあそういうの。てかベース中尾さんなんですねー! すごいなー! 木下さんのたどたどしいMCも味があって笑いました。
FEEDER二日目。アガりどころがなんとなくわかってきたし、メンバーに煽られるのも近くで観れるんで(タカさんめっちゃ近かったわー!)、一日目でゆっくり聴けたのもあり、今日は盛り上がろう、とファンの方々に紛れてギャー!とやってきました。すっごい激しいな! ダイバーも出てたみたいで。Lost&Foundでもみくちゃにされてもうわけわかんなくなりながらも跳びまくって楽しかったけどたいりょくはなくなった。Just a DayとかFeeling a Momentではもう誰のファンとか関係なしに皆で合唱してめちゃくちゃ楽しんでしまった。FEEDERファンの方々ありがとうございます。
この日思ったのは、FEEDERって音が太いんだけどそれが嫌味に響かなくてすごいなと。アジカン含め日本のバンドだと、バスドラの音がお腹にグエッって響いて気持ち悪くなることがあるんですけど、FEEDERはその嫌な感じがなかった。専門的なことは全くわからないので何とも言えないんですけど、そういうところも含め音作りからして日本のバンドとは違う感じがするし、正直アジカンよりすごいな(キャリアからして当たり前なんですけどね)と感じてしまった。
トリのアジカン。楽しかったのは楽しかったんですが、流石に前方は体力消耗がヤバくて中盤のMCでいったん抜けて後方で観ました。ブランクが長い自分が言えることではないかもですけど、久々にむちゃくちゃ激しいアジカンだったな……という感じ。前日に比べWonder Future曲ブチ込んできたのもあって本当に激しかった。
リライトは前日に続き謎小声タイムで笑いが起こっていたし、なんか「今日は時間押しちゃダメって言われてるんで……」とか言いながらもやっててじゃあやるなよ!笑って思ったし、むしろ前日よりバリエーション増えて長くなってたのでロックだなぁと思いました。笑。
ソラニンや今を生きては後方で踊れてよかったな、という感じ。荒野や今を生きてみたいな新しめの曲がちゃんと盛り上がるの、とてもいい状態だなーと感じます。特に荒野はかなり盛り上がっていたのでアジカンの新定番になるんじゃないかなーと。「ラルラルラ―!」の多幸感が半端じゃない。
アンコールはFEEDERメンバーが登場、アジカンに曲提供したSLEEPという新曲を演奏。あっこれむちゃくちゃFEEDERですね……うわかっこいいな……というアップテンポな曲でした。歌詞、もしかして英語→日本語って両方使われてます??? 歌詞あまり聴き取れなかったけど、もしや生者のマーチと地続きなんじゃないかな、という部分があり、どういう形でリリースされるのか非常に気になります。アジカンのやる生と死のテーマが何より大好きオタクとしてもな。
ラストナンバーは前日も演ったBreedを二バンド(昨日はFEEDERメインでしたが今日はアジカンメイン)+木下さんで。FEEDERメンバーがコーラスしたりわちゃわちゃステージで遊んでたのがすごいかわいかったです。ハッピーでピースフルなステージでした。

ベストが売り切れだったので聴いてなかった「ジェネレイション・フリークショウ」買って帰りました。

・総評とか思ったこと

アジカンは影響の樹系図をすごく大事にしているバンドで、10代の頃はそこに多大な影響を受けて様々な音楽に手を伸ばした記憶があるのですが、本当にそれが変わらないんだな、と再確認しました。アジカンにとってFEEDERって影響を受けてきたバンドで、いわば樹系図に連なる存在だと思うんですけど、そこが繋がったことも幸福だし、この会場に来ている人たちがさらにその樹系図の末端になっていくんだよなぁ、と思うと感動もひとしお。あと、やっぱビッグネームとの共演だけあって、アジカンの演奏にもすごいいい影響があったんじゃないかなぁと。相乗効果。アジカンも苦難の時代があったし、FEEDERもいろいろ乗り越えてきたものがあったわけで、なんかそういうことを思うと、この共演は感慨深いな、と思えてしまう。タカさんがおっしゃっていた通り愛だな。。。
自分としてもこんなスゲーバンドを観る機会をくれてありがとうという思いです。また来日したらぜひ観たいなぁ。今度は後ろでゆっくり。。。笑
あと、前述したように日本とUKのバンドの違いみたいなものが観られたのもよかったです。洋楽に明るくないので勉強になります。多分日本には日本のいいところがあるんだろうけど、他者のいいところは取り入れていけたらよいよね、と思う。
「未来、繋ぐ。」で喜多さんだったかなー、アジカンはスーパープレイヤーが集まったバンドじゃないということをちょっと自虐的におっしゃっていた気がするんですが、大学の軽音の友人たちで結成したわけで確かにそれはそうなんだけど、だからこそ手許にあるカードだけでどう切るかってところにめちゃくちゃ注力してるある種尖ったバンドであると思っているので、そういうアジカンの良さ(はつまり最大限自分たちのプレイスタイルに特化した曲の良さだと思う)が再認識できたのもよかったです。FEEDERのスゴさと比較して相対的にアジカンの武器を発見し直した感じ。

・生者のマーチについて

別枠を設けるくらい好きなんですけど、冒頭の泣きの3コードの時点でウワー!これ絶対好き!絶対好きでしょ!と思わされるゆっくりめのテンポの曲で、歌詞はインスタでちょろっと公開されてた通り死者と生者の話っぽいんですよこれ。仙台公演のMCでもそういう話をしてたっぽい(伝聞)んですが。生者はいつも死者の国と隣り合わせの世界にいるし、死者が生者を規定するし、生者はそれを背負って生きていかないといけねえんだよな……(こいついつも伊藤計劃の話してんな……)
歌詞の面では「マジックディスク」がすごい好きで、何故かというとアジカンというか後藤正文のやる死生観の話が好き(なのでソロ1stももちろん好き)なんですけど、そういう意味で自分の琴線にすごく触れる曲になりそうで楽しみです。クソデカすぎるテーマと相対しながらもそっと背中を押してくれるのがアジカンの良さだと思っているので。
曲の話しますね。テンポ的に海岸通りみたいな感じなのかなあと思うところもあったんですが、それよりもっと感情的というか激情的な側面があると思います。後半声を張り上げる場面もあってすごくエモーショナル。ラストのギターがまた泣きのギターで、荒野を歩けに続いてまた違うベクトルで歌うギターを堪能できる曲です。みんなonly in dreamsのアウトロ大好きだろ!?
生者のマーチというタイトル、聖者の行進にかけてるのかなとも思ったんですが考えすぎでしょうか。聖者の行進は死者の葬送に使われる黒人霊歌なので、テーマ的にも接続しているかなーと。死者が天国へ向かう行進と生者の地上での歩みで対比になるよね。まあ妄想かな……。妄想楽しいですね。
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11/26 ASIAN KUNG-FU GENERATION 映像作品集13巻~Tour 2016 – 2017 「20th Anniversary Live」 at 日本武道館~ 先行上映会


ASIAN KUNG-FU GENERATION 映像作品集13巻 ~Tour 2016 – 2017 「20th Anniversary Live」 at 日本武道館~ (Trailer)


 当たったので都内某所行ってきました。抽選で25組50名の中に潜り込めました。神音響だった。
 DVD出てからじっくり観て感想書けばいいじゃんって話なんですが、先行上映会の目的って、行った人に口コミで評判広めてもらって購買意欲を煽るためだと思うので、その思惑に加担したくて筆を執りました。

 いや~~~もうマジでアジカンファンが買ったほうがいいです。当日のライブ自体が最高だったということもあるし、撮り方もちゃんと撮ってほしい・観たいところをばっちり映してくれてたので、素晴らしいDVDになると思う。
 ていうかマジで20周年ライブのセトリが良さすぎるんです。三時間のボリュームですよ。ソルファ全曲再現ですよ。昔のアジカンのほうが好きー! 今はわかんなーい! って人もいるし、最近追いかけ始めたんですよねー、という人もいるだろうし、いやいや全部好きですパターンもあるし(自分です)、それは様々なんだろうけど、たぶんどんな立場のファンの方も納得できます。この内容。MCで後藤さんが「最近の曲より昔の曲が盛り上がっても別に怒らないからね(笑)」的なことをおっしゃっていましたが、マジでどこのアジカンが好きなどの世代のファンでも受け入れる懐の広いライブだったように思う。
 記事書いたように、自分は武道館一日目に行ったんですけど、こうして二日目観てみると甲乙つけがたいですね。ただ、映像にするならこっちだなーとは思った。MCの内容とかも20年の総括になっていたなぁと。でも一日目もよかったですよ! 夜のコール! 転がる岩弾き語り! 喜多さんコーナーの八景はむっちゃ羨ましい(でも嘘ワンも最高だったよ)!

 買おうね



 以下はしょうもない曲ごとの感想です。DVDの感想というより思い出語りだこれ。

遥か彼方
 紗幕に包まれたキューブ状のセットがドドン。今回のライブはこのセットを中心として光や映像の演出がふんだんに用いられており、視覚にも楽しいステージでした。山田さんにスポットが当たり、お決まりのベースのベンベベベベベベ……から始まりグワーッと会場を引き込む。
 この曲、インディーズ初&メジャー初(再発なので両方ですね)の『崩壊アンプリファー』の一曲目を飾る曲であり、歌詞もストレートに「なんかもういろいろあるけどこれから突っ走っていくぜ俺たち!」的な色彩の強いものなんですけど、それをこう、20周年記念ツアーの一曲目に持ってくるの、最高すぎますよね。エモの意味かよ。曲自体が全く異なる決意の歌に聴こえるから、年月ってすげえなって思います。

センスレス
 「キミガココニツクナリハイタタメイキ……」の『the start of a new season』リバイバル文字列。ライブレポでも書いたけど本当に本当に本当に激アツ。このツアーは結構過去のツアーや作品を思わせる演出が多く、そういうの普通に涙腺に来るからやめてくださいって感じです。
 プログレチックにバンバン展開を続けて最後に爆発する名曲ですが、ラスサビで後ろのスクリーンが白く光って会場が徐々に照らされていく演出が、まさしく「闇に灯を」で最高。
 細かすぎて伝わらない後藤さんの好きな歌い方その一:「おんそーくのスピードで文字によっおっお↑~おお~う」

アンダースタンド
 ライブアンセム。こんな昔の曲が未だにこうして盛り上がるのすごい。曲に併せて手拍子する大勢の観客が映されるとそのあたたかいフィーリングに涙腺が緩む。
 「歪んだ日~の君~を、ウォウ、ウォウ、捨てな~いでよ~、イェー!!(観客叫ぶ)」で紗幕落とす演出を最初に考えた人にノーベル平和賞授与したい。センスレスもそうですが、「闇の向こうに光を見る」アジカンの曲のスタンスを舞台演出がよく理解しすぎている。

暗号のワルツ
 は? マジ? 二日目暗号のワルツやったんか? マジで? 『ファンクラブ』期のあの繊細できらめいていて切ないギターから始まる変拍子ソングは猛烈に美しい。あとキーボードのピアノ音色がすっごい映えてましたこの曲。こういうガチンコギターロックバンドのサポートメンバーって賛否両論になりがちだと思うんだけど、アジカンはかなり良いように作用してるんじゃないかなー(曲にもよるけど自分はおおむね賛成派です)。
 それにしても、『ファンクラブ』、「君に伝うかな 君に伝う訳はないよな」で始まるアルバムって相当に壮絶だ。伝わらない、でも伝えたい、そのアンビバレントとずっと取っ組み合いを続けてきたバンドであることの象徴ですよ。これを武道館で歌うんですよ。この話は曲で喩えると大サビなので何度でも言います。何度でも暗号のワルツがすごいと歌え。

ブラックアウト
 一つのリフを少しずつ形を変えながら最後まで引っ張るアジカンの曲構成を、「最後に伏線回収するミステリみたい」と言われたことがありまして、この曲は典型的なそれだと思います。何も考えなくても身体が揺れるダンサブルなロックなんですけど、そういうところも面白くて、何度聴いても飽きない。あとライブでのコーラスがすごい綺麗ですよねぇラストとか。
 歌詞、「今 灯火が此処で静かに消えるから 君が確かめて」って、消える灯火は命ですよね。命の終わりをちゃんと見届けろってことだよね。『マジックディスク』期における「いつか終わる生命」というテーマのさきがけがここに見てとれます。まあ、この曲のテーマはどっちかっていうと『ファンクラブ』期の「デジタル―身体性」の部分だと思うんだけど。センスレスとかも。
 細かすぎて伝わらない後藤さんの好きな歌い方その二:「ただ~たっち~つっく~す~ぼっくの~よ~わ~さ~とぉ」(音源だと「ぼっくっの~」なのがちょっとずらして歌ってるやつです)(あと、ラスサビのここの「僕の」のところのベースが半音ずつ上がるやつめっちゃ好きなんですけど、これ音楽用語で何て言うんだっけ???)

君という花
 元祖四つ打ちダンスロックは本当にいつ聴いても無敵すぎるし、こともなげに曲に入っていくところめっちゃカッコいいですよね。君という花の入りはその時々によって様々なパターンがありますが、今回は大人の余裕を感じます。この曲で踊る観客たち観てるの楽しい~~~。PV懐かしい~~~。武道館を一杯にする「ラッセー!ラッセー!」も感慨深い。
 初期アジカンは特に「技術的に出来ることが少ないからこその創意工夫」がめちゃくちゃ曲に見て取れると思うし、この曲もそうだと思う。難しいことをやらなくてもカッコいい。それはすごいことだ。

粉雪
 自主制作時代から存在した曲であり、アジカンの初日本語詞。そんな曲を「懐かしい曲やりま~す」ってやり始めるのマジで反則なのでやめてください。嘘。やってください。
 『崩壊』期特有のなんかよくわかんないけどすごい過去を悔やんでることがわかる歌詞炸裂。ライブでの喜多さんのコーラスも良き。アジカン、もっと疑似ツインボーカル的な曲出してくれ~! 昨今のキタケンボーカルムーブメントの流れでどうか一曲! 『ナイトダイビング』とかさあ、自主制作だけど『Nothing is the matter?』とかさあ。
 20周年の文脈で聴くとまた違った感慨がある曲ですね。背景で延々雪降ってておもしろい。

マーチングバンド
 それでも僕らは息をしよう――『マジックディスク』期のテーマを総括しながらもわかりやすい言葉でかみ砕いた傑作シングル。ベスト以外のアルバム入ってないのがもったいなさすぎる。
 セッション的な流れからじわーっと始まっていくのが壮大なこの曲にぴったりマッチしている気がします。中期(?)アジカンの軌跡、という感覚の曲だなぁ。ラストのコーラスなんて歌ってるのか未だにわかんねぇ。

踵で愛を打ち鳴らせ
 マーチングバンドに続いてハッピーでピースフルなフィーリング(カタカナ多いな……)の流れ。『ランドマーク』の目指すところはここに帰結してるんだろうなと思う。キャリアの中では比較的新しめの曲ですが、お客さんたちがちゃんとノっているところにアジカンのマジックを感じる。

今を生きて
 そのハッピーな流れがここに繋がるんだよな。作曲クレジット四人の曲で感慨深いよね。イェー!の歓声が楽しい。下村さんの八面六臂の活躍も見れるぞ。
 前述のマジディのテーマ、ここにも脈々と流れているように思います。「数十年で消える弱い愛の魔法」だから「今を生きて」噛み締めるしかないんですよね。ライブは一夜の輝き。生命も一瞬の輝き。そこに符合があるから、人々はライブに向かうのだと思います。多分。

E
 オアシスの映画の話からEに繋げるの卑怯ですよほんともう。意図的すぎるセットリストだろう。『リヴ・フォーエヴァー』のソロを難なく弾き倒す喜多さんのギタリストとしての大成っぷりに涙が出ますよ……
 これもまた、『遥か彼方』と同様に自分たちの門出を歌ったものだと思うんですけど、やっぱり今やると全然文脈が違って聴こえますね。20周年を迎えたうえでの「ここから僕のスタート」ですよ。「広がりゆく未来へ」。「できる限り可能な限り遠くまで」。
 音楽文.comに掲載して頂いた文章でも語り倒しましたが、この20年でアジカンの背負うものは随分大きくなって、それが時に重荷にもなったと思うんだけど、それすら背負って歩いていく気概を今のアジカンには感じるんですよ。アジカンという呪いすら飲み込む胆力。この四人が集まると変なパワーが生まれる、それは素敵なことだ、と後藤さんはMCで言っていたけど、それをこの曲の「語り直し」で感じた。

スタンダード
 で、『E』の次にこれ持ってきたのも意図的でしょ? だってこれ、俺たちはこれからも歌い続ける、喩え周りに忘れ去られても、って曲じゃないですか。これから先、アジカンがどんな形態になっても、どんな場所でも、それでも歌い続けるよってことを、『E』のテーマの延長線上で言いたいわけじゃないですか。ハァーーー……そんなん言われたら一生ついていくわ。20周年のライブでそういうことやるのがアジカン……ホント好き……。 

ブラッドサーキュレーター
 それでさ~その流れで「情熱燃やしたあの頃を心血注いで取り戻すんだ」ですよ。これアニメタイアップ曲だけど、やっぱ自己言及的な色彩が強いよね(そもそもかの『リライト』だってタイアップだけど内容はCCCDへの皮肉ですし)。この流れはほんとよく考えられてるなーと思います。

月光
 ライブレポでも言ったけど何度でも言わせてくれ、月光終わりは本当に卑怯。静謐なピアノから始まり、月の光を思わせる照明、轟音で鳴くギターと泣き叫ぶような歌、そして響き渡る音の残滓を残して去っていくメンバー……。救いのない歌なんだけど、それでも切ないまでに美しいね、何回聴いても。
 アー写のロン毛で笑いが起きるとこ何度見ても草生える。

振動覚
 ハイパーソルファ全曲再現タイムの二部スタート。奇しくもこれも自己言及的な歌詞。ヒットアルバムの一曲目で「特別な才能を何一つ持たずとも」って歌ってしまうところもすごい(これは別に凡才という意味ではないとは思いますが)。なんで一曲目にすごい歌詞多いんだアジカンは。

リライト
 このブログでも記事書いたし先日のアシッドマンフェスでも思ったんだけど、我々の世代では殆どの人間が知っているヒットソングで、まあアジカンのライブに来る人で知らない人はいないだろうなってアンセムで、同時に作者の手を最も離れて羽ばたいた曲でもあると思う。それに対しては多分複雑な部分もあったと思うし、それこそ君に伝うわけはないよな~あ~ああ~みたいな心地にもなったと思うんだけど、それもまた音楽みたいな境地に達した感はありませんか。ないか。リライト以外も聴いてくれとか言ってるもんな。
 アジカンファンだと好きって言いにくい雰囲気ある曲だけど、でもやっぱりアジカンの象徴ではありますよ。アジカン特有のコーラスワークもないしブリッジでがらっと曲調変わるところは独特だしPVでは宙に浮いたり水に沈んだりしますけど、それでもなんかこう、曲の魂がアジカンを表現している曲じゃないかなぁ。前述のようなリフ推し曲でもあるし。
 今回の間奏アレンジは新録『ソルファ』同様、ギターがセクシーでエロい感じ。空間系エフェクターっていうんですかね、楽器のことはよくわかんないけど、あの色気と余韻ある響きかっこいいよね。「芽生えてた感情~」のコールアンドレスポンスも武道館だと圧巻。

ループ&ループ
 「『君と僕で絡まって繋ぐ未来』『積み上げる弱い魔法』をうたうこの曲で過去の歴史を振り返るの最高すぎませんか」というライブレポの文面を再度引用させてください。バックに表示される歴代CDジャケットたちがマジで涙腺を直接攻撃してくる。これもまたライブアンセムな曲ですよね。

君の街まで
 この順番に慣れない。冒頭のアルペジオからかつてのアジカンより遥かに基礎体力が向上してしっかりした演奏になってる感がしますよね。今回は全部通して喜多さんがすっごい安定してるなーと思う。ラスサビ前のクラップで会場が一つになる感、それを見ての後藤さんの笑顔、とても素敵です。これも自己言及的な曲なのかなぁ。

マイワールド
 なかなか生で聴く機会のない曲ですが大きい会場が映えますね。この辺の『ソルファ』の曲はかなり自己言及の側面が強い気がします。彼らが「一度だけ最後まで乗れた低く白い波」はどこまで行くんでしょうね。あ、これ『八景』に繋がらないか……? 「白波を分け行く未来」に……

夜の向こう
 この後の不穏な曲たちの片鱗をちょっと感じさせつつも、美メロとラスサビにかけての盛り上がりが映える。この辺の曲はお客さんみんな聞き入ってる感じがして、聴かせることもできるバンドなんやな~という感じ。アルバム曲だしね。

ラストシーン
 照明めっちゃくちゃかっこいい……。ギターの紡ぐ音に合わせて光が走るのむっちゃかっこいい……。ふわふわしていて悪い白昼夢みたいで、不思議な曲ですよね。この曲のコーラスもいいよなあ。アウトセーフマグワイア(懐かしいネタだな……)。

サイレン
 ドラムーーー! 潔さんがむっちゃかっこいい曲です! 音に合わせて投げかけられる光とか赤い照明とかむっちゃかっこいいよな。でもあの映像はなんなんだろうな。いい意味で今のアジカンは作らなさそうな曲なので、今のアジカンで観れるの楽しい。

Re:Re:
 マジで新録のアレンジがライブ定番のアレでクソほどかっこよくて、新録『ソルファ』買った一因となった曲なんですけど、ぶっとい安定感のベースから始まり徐々にバンドのアンサンブルが形成されていく感じかっこいいですよね。この曲のギターも色気があって好き。
 ドキュメンタリー本見たら最後の一音外したって書いてあったけどそうだっけ……(うろ覚え)
 
24時
 後藤さんの「かっこよく歳を取りたい」、つまり菩提樹荘の殺人なんだよな。(ミステリの話を挟まないと死ぬオタク)
 「妙な縁で添う君や僕たち」とはまさしく我々とアジカンのことだと思うんですけど、そう思うとこの縁がよくぞここまで……という気持ちになります。しかしこの歌詞は傑作だなぁ。

真夜中と真昼の夢
 一日目は盛大にトチってたんですけどこの日は大丈夫そうで安心しました。やさしくやわからなギターの音色が美しい。これも「僕」がアジカン、「君」が聴き手となる歌詞ですよね。そう思うとソルファって本当に「歌うこと」の歌が多いんだな。アジカンらしいといえるのか。

海岸通り
 はい! 涙腺崩壊! NAOTOさんのストリングスチームを加えての演奏が抜群に最高。『海岸通り』にストリングスは鬼に金棒ですよ。マジで『Whatever』みたいな壮大な名曲になる。
 ツイッターで「海岸通りの「『陽で朱に染まる……』という歌詞に併せて照明が朱色一色になるんですよ……そして曲が終わると白に変わってメンバーが捌けていくの……エモの意味かよ…………」って言ってたのをそのまま言いたいです。アジカンにはいつもエモの意味を教えられまくっているな。
 細かすぎて伝わらないんですけど、アウトロのストリングスの「テーレ↓レー、テレレーレーレー、テーレ↑レー、テレレーレレーレレー」のこの部分のハーモニーめちゃくちゃめちゃくちゃに好き。

ソラニン
 アンコ一曲目。後藤弾き語りタイム。立つなり座るなりトイレ行くなり帰るなり……
 中津川ソーラー行ってキタケンバージョン聴いたときに思ったんですけど、この曲って曲としての強度が他のアジカン曲に較べても断然強くて、歌詞を誰が書こうがどんな楽器で演奏しようがどんな声で誰が歌おうが、圧倒的な曲の力を発揮できる歌だと思います。そういう強度でいえば『リライト』よりも上に感じるくらい。だから弾き語りでギター一本でもすごい映えるんだよね。さよならを告げる曲なのに切ないだけじゃなくてそこから立ち上がる力強さもある。あと漫画『ソラニン』新装版読んだばっかなので沁み具合もちょっと上がりました。

ワンダーフューチャー
 弾き語り二曲目。武道館一日目、あまりワンダーフューチャー聴き込んでないときに生で聴いてすごい衝撃を受けたんですけど、この曲のもつ寂寥感というか、戻れないところまで来てしまったなぁという感じがひしひしと伝わってきてヤバいです。未来に対する希望ともう戻れない諦観の混じり合った絶妙な心境を表現している不思議な作品だよなぁ。

タイムトラベラー
 キタケンコーナー一曲目。歌めっちゃ巧なってない? あとギターソロが地味に渋くてイカす。
 『シーサイドスリーピング』が喜多さんイメージ、『八景』がアジカンイメージだと考えると、この曲も実は自己言及的というか内輪ネタ(?)というか、自分たちのことを指しているのかな、と思います。この曲、冒頭から「タイムトラベラー」が体験したことが綴られて、その後にそこが作中作というか、「君」が綴る物語であることがわかる二重構造なんですね。「君」は絵空事を綴り、それを語り、願いを託し、それを「僕」が歌う。これ、そのまま後藤さんが歌詞を書いて喜多さんが歌うこの曲自身の構造に重なるなぁ、と思っていて、そういう意味だったらちょっと感慨深いなぁと。

八景
 あの、『八景』大好きなんですけど。二十周年を思わせる歌詞を表題作ではなくカップリングに仕込むこと、そのタイトルを四人が学生時代を過ごした場所から取ること、そしてそういう曲を自分で歌わず他の人に歌わせること、全部後藤正文らしすぎるというかアジカンらしすぎるぞ。
 「誰かの不意なジョークで僕らはまた息を吹き返す」「波のない海じゃなんだか味気ないようなそんな気持ちになるでしょう」本当にアジカンにぴったりのフレーズすぎて様々な歴史が喚起されるし、ときに波立てながらもちゃんと心から音楽に向き合ってきた彼らの軌跡を思うともう……。
 そして20周年ツアーならやっぱこの曲でしょ、ということで、生で聴けた人本当に羨ましいです。コーラスワークとギターのハーモニーが素敵ですよねぇ。テンポの変化も楽しい。

さよならロストジェネレイション
 ストリングスチーム再び。ほんと、ここからの二曲だけで記事書けるやんというくらいラスト二曲が素晴らしいんだよな。
 バックスクリーンのタイポグラフィ演出もかっこいいし、かっこいいだけじゃなくて、この曲は「閉塞した時代で、いつまでも自意識の檻に籠ってる場合じゃねぇ、新しい道を歩もうや」みたいな意味合いがあるので、これからまた新たに歴史を重ねていくアジカンに相応しい曲でもあるんですよね。イントロのあのフレーズを優美にストリングスが奏でる時点でもーーー涙腺!!!

新世紀のラブソング
 は? 神か? 完結編か?
 「始まれ21st」とバンドの21周年目を重ねるの天才の所業か?
 イントロのブレイクビーツでもう空気ががらっと変わるし、音源の逆回転ギターがライブだとあんま再現されなくて結構悲しかったりするんだけどそのフレーズをストリングスがやっててまた全然違う響きになっててすっごいかっこよくて、そうやって厳かに始まった曲に後藤さんの個人的な告解を語るような歌声が乗っかってきて、青春の挫折が語られて、そこから地続きで君や死や世界に話が進んで、それでも世界は続いていくってことが歌われてさあーーー。もうこの曲好きすぎて何も語れねえ。語彙力が幼稚園児だから。
 これ、祝福の歌なんですよね。哀しみに満ちた旧世紀を今からでも過去のことにして、新しい時代を始めようっていう。これが震災の二年前の2009年に出たのは本当に皮肉な話ですが、でも今からだって遅くはないんだよって話ですよね。アジカンはいつでも来たる新世紀に希望を見出してるんだよ。
 ストリングスが入ると、マジでこの世界を祝福しているようで、またはじまる明日を、何度でも生まれ来る新世紀を言祝ぐ歌なんだなっていうのが実感をもって肌に迫る。で、祝福は愛ですよね。祈りは愛ですよね。だからラブソングなんだよね。生まれくるものを祝う歌なんだよな。君の涙は生まれるものの涙。いくらでもクソポエムが書けるぞこの曲。
 あと、トレーラーの時から話題になってた(というか自分が話題にしてしまった……?)話なんですけど、「不確かな想いを愛と呼んだんだ」のところの喜多さんの目許に光るものがあるというアレ。汗なのか涙なのかは本人のみぞ知るところですが(しかしカメラはどう考えても意図的に涙に見せようとはしてると思う)(カメラマンってすげえな)、「ほら君の涙」って歌詞の前にこれ持ってくるのマジですごいっすね。喜多さんもカメラマンの方も持ちすぎだろう。
 この曲をラストに持ってくることを考えたの誰か知りませんけど、偏差値3000000000000億ある。


 以上とても頭の悪い感想で申し訳ございませんでした。MCの話とかも全然してないので、その辺は別の人に聞いてください(丸投げ)。
 映像作品集13巻、絶対に買ってくれよな。自分は予約済みです。  

音楽文.comに投稿してみた

ASIAN KUNG-FU GENERATIONの新譜「荒野を歩け」についての文章です。音楽関連の投稿は雑誌も含め初めてなので、諸々の意味で緊張しております。。。
よかったら目を通してやってください。まさかアジカンについてこういう文章を書く日が来るとは思ってなかった(そもそも再燃すると思ってなかった)。

ongakubun.com

後日追記:月間賞に入賞してしまいました。読んでいただいた方、ありがとうございます。

ASIAN KUNG-FU GENERATION作曲クレジット別まとめ

毎回この始まりな気がしますが、ご無沙汰しております。
唐突ですが、アジカン関連の書きものをする際やプレイリスト作りのときに欲しいなと思ったので、アジカンの楽曲の作曲クレジット分類をメモしておきます。

補記しておくと、後藤さんの日記にあるように、アジカンにおける作曲クレジットは元ネタを持ってきたメンバーが名前に入る方式のようで、必ずしもそれイコールそのメンバーのカラーというわけではないのかなと思いますが、まあなんかの参考にはなるかな~という感じです。インタビューや日記と突き合わせて聴くといいかもしれないしよくわかんないかもしれない。
発表年は再録とかセルフカバーのことは考えずに機械的に入れてます(例えば『粉雪』とかは原曲はもっと前っぽいですね)。

CD歌詞カードとJASRACのデータベースを使って確認していますが、抜けや誤りがありましたら一報いただけると嬉しいです。

(2017.3.31)ニューシングル『荒野を歩け』より二曲分加筆。


後藤正文
基本形。一発録りでおなじみの『サーフ ブンガク カマクラ』は全曲、後藤さんがデモ音源を録ってからバンドアレンジを行った『マジックディスク』は『双子葉』以外全部後藤さんオンリークレジット。『ランドマーク』と見比べるとそれだけで面白い。

曲名 アルバム 発表年
遥か彼方 崩壊アンプリファー 2002(インディーズ)
粉雪 崩壊アンプリファー 2002(インディーズ)
青の歌 崩壊アンプリファー 2002(インディーズ)
サンデイ 崩壊アンプリファー 2002(インディーズ)
12 崩壊アンプリファー 2002(インディーズ)
未来の破片 君繋ファイブエム 2003
エントランス フィードバックファイル 2003
その訳を 君繋ファイブエム 2003
君という花 君繋ファイブエム 2003
ロケットNo.4 フィードバックファイル 2003
フラッシュバック 君繋ファイブエム 2003
電波塔 君繋ファイブエム 2003
アンダースタンド 君繋ファイブエム 2003
夏の日、残像 君繋ファイブエム 2003
無限グライダー 君繋ファイブエム 2003
N.G.S 君繋ファイブエム 2003
自閉探索 君繋ファイブエム 2003
E 君繋ファイブエム 2003
ループ&ループ ソルファ 2004
リライト ソルファ 2004
夕暮れの紅 フィードバックファイル 2004
君の街まで ソルファ 2004
Hold me tight フィードバックファイル 2004
振動覚 ソルファ 2004
マイワールド ソルファ 2004
夜の向こう ソルファ 2004
ラストシーン ソルファ 2004
24時 ソルファ 2004
真夜中と真昼の夢 ソルファ 2004
海岸通り ソルファ 2004
ブラックアウト ファンクラブ 2005
ロードムービー フィードバックファイル 2005
飛べない魚 フィードバックファイル 2005
月光 ファンクラブ 2005
ワールドアパート ファンクラブ 2006
永遠に フィードバックファイル 2006
十二進法の夕景 フィードバックファイル2 2006
暗号のワルツ ファンクラブ 2006
桜草 ファンクラブ 2006
路地裏のうさぎ ファンクラブ 2006
真冬のダンス ファンクラブ 2006
バタフライ ファンクラブ 2006
センスレス ファンクラブ 2006
タイトロープ ファンクラブ 2006
絵画教室 フィードバックファイル 2006
堂々巡りの夜 フィードバックファイル 2006
或る街の群青 ワールド ワールド ワールド 2006
鵠沼サーフ サーフ ブンガク カマクラ 2006
由比ヶ浜カイト サーフ ブンガク カマクラ 2007
転がる岩、君に朝が降る ワールド ワールド ワールド 2008
江ノ島エスカー サーフ ブンガク カマクラ 2008
旅立つ君へ ワールド ワールド ワールド 2008
トラベログ ワールド ワールド ワールド 2008
No.9 ワールド ワールド ワールド 2008
ナイトダイビング ワールド ワールド ワールド 2008
ライカ ワールド ワールド ワールド 2008
惑星 ワールド ワールド ワールド 2008
ワールド ワールド ワールド ワールド ワールド 2008
新しい世界 ワールド ワールド ワールド 2008
脈打つ生命 未だ見ぬ明日に 2008
深呼吸 未だ見ぬ明日に 2008
未だ見ぬ明日に 未だ見ぬ明日に 2008
夏蝉 フィードバックファイル2 2008
藤沢ルーザー サーフ ブンガク カマクラ 2008
腰越クライベイビー サーフ ブンガク カマクラ 2008
七里ヶ浜スカイウォーク サーフ ブンガク カマクラ 2008
稲村ヶ崎ジェーン サーフ ブンガク カマクラ 2008
極楽寺ハートブレイク サーフ ブンガク カマクラ 2008
長谷サンズ サーフ ブンガク カマクラ 2008
鎌倉グッドバイ サーフ ブンガク カマクラ 2008
新世紀のラブソング マジックディスク 2009
ソラニン マジックディスク 2010
迷子犬と雨のビート マジックディスク 2010
マジックディスク マジックディスク 2010
さよならロストジェネレイション マジックディスク 2010
青空と黒い猫 マジックディスク 2010
架空生物のブルース マジックディスク 2010
ラストダンスは悲しみを乗せて マジックディスク 2010
マイクロフォン マジックディスク 2010
ライジングサン マジックディスク 2010
エス マジックディスク 2010
マジックディスク 2010
ひかり フィードバックファイル2 2011
マーチングバンド BEST HIT AKG 2011
N2 ランドマーク 2011
夜を越えて フィードバックファイル2 2012
大洋航路 ランドマーク 2012
バイシクルレース ランドマーク 2012
マシンガンと形容詞 ランドマーク 2012
アネモネの咲く春に ランドマーク 2012
スローダウン フィードバックファイル2 2014
Easter/復活祭 Wonder Future 2015
Caterpillar/芋虫 Wonder Future 2015
Eternal Sunshine/永遠の陽光 Wonder Future 2015
Planet of the Apes/猿の惑星 Wonder Future 2015
Wonder Future/ワンダーフューチャー Wonder Future 2015
Prisoner in a Frame/額の中の囚人 Wonder Future 2015
Signal on the Street/街頭のシグナル Wonder Future 2015
ブラッドサーキュレーター 未収録 2016
荒野を歩け 未収録 2017


後藤正文山田貴洋
アジカンのヒットメイカー。初期のライブ人気曲『羅針盤』から共同クレジットになっているので、早い時期からネタを持ってきていたのでしょうか(自主制作盤時の資料がないのでその時代はわかりませんが)。

曲名 アルバム 発表年
羅針盤 崩壊アンプリファー 2002(インディーズ)
ノーネーム 君繋ファイブエム 2003
サイレン ソルファ 2004
サイレン# フィードバックファイル 2004
Re:Re: ソルファ 2004
アフターダーク ワールド ワールド ワールド 2007
サイエンスフィクション 未だ見ぬ明日に 2008
ムスタング 未だ見ぬ明日に 2008
夜のコール フィードバックファイル2 2009
白に染めろ フィードバックファイル2 2009
雨上がりの希望 フィードバックファイル2 2010
それでは、また明日 ランドマーク 2012
1980 ランドマーク 2012
ケモノノケモノ フィードバックファイル2 2013
Little Lennon/小さなレノン Wonder Future 2015
Right Now 未収録 2016


後藤正文喜多建介
アジカンのロックキッズ。『ブルートレイン』の変態和音で颯爽とクレジットに登場。単独クレジットは後述。

曲名 アルバム 発表年
ブルートレイン ファンクラブ 2005
ネオテニー ワールド ワールド ワールド 2008
融雪 未だ見ぬ明日に 2008
双子葉 マジックディスク 2010
All right part2 ランドマーク 2012
踵で愛を打ち鳴らせ ランドマーク 2012
リロードリロード フィードバックファイル2 2012
1.2.3.4.5.6.Baby ランドマーク 2012
レールロード ランドマーク 2012
Standard/スタンダード Wonder Future 2014
シーサイドスリーピング 未収録 2015


喜多建介
お ま た せ
い つ も の
『ワールドアパート』シングル発売時の「曲作った奴が歌えばいい理論」がここまでくるとは誰が予想していただろうか。

曲名 アルバム 発表年
嘘とワンダーランド フィードバックファイル 2006
タイムトラベラー 未収録 2016


後藤正文喜多建介山田貴洋伊地知潔
全員クレジット。『ワールド ワールド ワールド』で一回出ましたが、真骨頂は『今を生きて』でしょうね。クレジットだけで泣ける……泣けない?

曲名 アルバム 発表年
ワールド ワールド ワールド ワールド ワールド ワールド 2008
今を生きて フィードバックファイル2 2013
Winner and Loser/勝者と敗者 Wonder Future 2015
Opera Glasses/オペラグラス Wonder Future 2015


山田貴洋
共同クレジットかと思ってたら単独クレジットだった。この辺の表記の塩梅はどうやって決めてるんでしょうか。

曲名 アルバム 発表年
オールドスクール フィードバックファイル2 2011


後藤正文伊地知潔
アジカンのハードロック担当。『冷蔵庫のろくでもないジョーク』で初出のクレジット。この辺にバンドの変化が見てとれたりするんでしょうか。「あ、これ伊地知さんや」とわかりやすいものが多いような?

曲名 アルバム 発表年
冷蔵庫のろくでもないジョー フィードバックファイル2 2012
AとZ ランドマーク 2012
ローリングストーン フィードバックファイル2 2014
パラレルワールド 未収録 2015


喜多建介山田貴洋
変化球。次の『荒野を歩け』カップリングもこの形式になりそうな感じですね。→なりました。怪作。

曲名 アルバム 発表年
八景 未収録 2016
お祭りのあと 未収録 2017

ASIAN KUNG-FU GENERATION Tour 2016-2017「20th Anniversary Live」 at 日本武道館(1/10)、あるアジカンファンの記録

(ライブレポートというより、中高時代アジカンが好きで好きで仕方なくて愛が重すぎたクソめんどくさい20代のどうしようもない思い出話なので、そのへん覚悟して読んでもらえると有難いです)



 冷え込んだ土日よりは少し暖かくなったとはいえ、一月の寒さが沁みる十日の夕方。九段下駅を降り、日本武道館へと向かう。物販の時間を考えるともう少し早く辿り着きたかったが、平日なので仕方がない。
 武道館の前を通ったことは幾度かあるが、武道館に入るのは初めてだ。ライブの聖地と呼ばれる場所。特別な思い入れがあるわけではないものの、ライブに向かうこと自体がかなり久々であるので、いやが上にも期待と緊張を覚えてしまう。
 北の丸公園に入ると、同じ目的の人々で溢れていた。ここにきてようやく武道館へ赴いた実感が強く湧いてくる。そもそもがなんとなくの軽い気持ちで取ってしまったチケットで、年明けから前日まで体調を崩していたこともあり、来られるかどうかというところから不確定だったライブだけれど、やっぱりライブ当日というのはいいものだ、と懐かしい気持ちにかられた。

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 武道館を前にしたところで、自分がアジアン・カンフー・ジェネレーションのライブに足繁く通っていた頃、中高生時代のことを思い出していた。
 アジカンを好きになった正確な経緯は覚えていないが、時期としては『ソルファ』、というか『リライト』の頃だと思う。FMラジオを愛好していた中学生時代の自分は、その前からちょくちょく『君という花』なんかを耳にしていたように思うが、正確にバンド名を認識したのはアニメの主題歌としての『リライト』だったはずだ。時期にして2004年、つまり13年前のことになる。
 その後、おそらく『ソルファ』を聴きこのバンドに関心を持ったであろう自分は、2005年頃に本格的にバンドを追い始める。アニメ主題歌から入った、と言った通り、自分にはもともとロックを聴く趣味などもちろんなく、(当ブログをご覧の方には察しがついているかもしれないけれど)教室の片隅で推理小説を読んでいるタイプの人種だった。そんな自分にとって「ロックバンドにハマる」という経験は何より新しかったし、刺激的だった。日記にある当時の自分の言を借りれば、「世界が変わった」出会いだった。
 CDを集め、音楽雑誌を買い、ラジオ番組を毎週欠かさず聴いてMDに録音し、公式サイトをくまなくチェックし(当時はもちろんツイッターがまだ存在しない頃だった)、そしてライブに行く(初めて行ったのは記録を見る限り2006年のNANO-MUGENだと思う)。全く知らない世界を知り、そして音楽の楽しさを改めて覚えて、それこそ熱病に浮かされたように熱狂することになった。
 公式サイトに掲載された後藤正文の日記をくまなく読み、日記やラジオ番組で紹介されるバンドの音源を一生懸命追いかけた。アジカンだけでなく音楽自体のファンであってほしい――という彼らの願いに応えるように古今東西のロックを聴き漁り、学校では友人と音楽の話をしてCDを貸し借りし、放課後はレコード屋やツタヤに入りびたって、それなりに楽しい日々を送ったのだと思う。はてなダイアリーでブログを始めたのも2006年のことで、現在は閉じているものの、もしかしたら覚えている方もいるかもしれない(『君という花』のPVロケ地訪問記事など書いていました。当時の読者さんが見てたらすごい)。
 ライフスタイルも変わったし、趣味嗜好も変わった。着るものも変われば行く場所も変わり、音楽という趣味を媒介して付き合う友人も増えた。もともと好きなものに影響を受けやすいせいで、言動など後藤正文の真似をしてみたり、少々、いや、かなり「痛い」ファンではあったと思うけれども、それでもかなりの文化的教養の許になったとも思う。
 いまになって思えば、アジカンが自分の人生に及ぼした影響は計り知れないほど大きい。このブログは推理小説の感想を書くために始めたものだけれど、推理小説よりアジカンのほうが自分の人生におけるターニングポイントとして重要かもしれない、とすら思う。

 それだけ入れ込んでいたアジカンではあったが、大学に入学して少しすると、サークルや講義が忙しくなったこともあり、自然と遠のいてしまった。最後にライブに行ったのは2009年のNANO-MUGEN。奇しくもNANOに始まりNANOに終わるライブ趣味だ。
 あれだけ熱を上げていたのにあっけないものだと思うけれども、一因と思える出来事がある。アジカンに憧れていた高校時代の自分は、大学に入ったらアジカンのように軽音楽部に入り、バンドを組みたいと思っていた。というか、組むものなのだと思っていた。当時の自分は10代ならではの万能感にあふれていて(一方で10代ならではの憂鬱にも苛まれていて)、夢見たものはかならず実現すると思っていた。今となっては恥ずかしい妄言だけれども、音楽業界で仕事をしたいとも公言していた。
 ギターを買い練習をはじめ、大学に入り、軽音サークルの新歓コンパにも行ったけれども、とうとうそこに居場所を見つけることはできなかった。いま思えば音楽の話が通じる優しそうな先輩方もいたし、頑張ればなんとかなったのかもしれないな、と思うが、少し嫌な思いをした出来事があったのもあって、新歓コンパの途中で脱け出した。そのとき一緒に抜けてくれた同学年の人がいて、彼と「無理して馴染もうとしても仕方ないよね」とかそんな話をしたような記憶がある。もううろ覚えだけれども(とても感謝しているのだけれど、お礼を言いそびれました)。根が軽音に入るようなタイプではないのだろうな、と今は思う。
 結局軽音サークルに入ることなく、入学時に知り合った友人に誘われた文芸サークルに居つくこととなり、それはそれで自分にとって大正解だったので後悔はしていないけれども、当初の目的とは全く違う道を歩むことになったのだった。

 こうして振り返ってみると、アジカンは自分の人生を大きく輝かせてくれたと同時に、人生に大きな呪いをかけてもいったように思う。もちろんアジカンが悪いわけではなくて、思い込みが激しくすぐ他者の真似をしようとする自分の性分が100%悪いのだが。
 その呪いは「理想的なファン」であろうとする呪いであり、「理想的なファン」であることに「居場所」を求める呪いだった。 「理想的なファン」であろうとすることは、ある種アジカンと同一化しようとすることだったのだと思う。だから自分はアジカンと同じように大学でバンドを組もうと思ったし、必死こいて後藤正文と自分の考え方や感性の共通項を探し求めていたのだと思う。
 けれど、自分は自分でありアジカンアジカンだ。似通った感性はあったとしても最終的に全てが交わるわけではないし、そもそも楽しむためのファン活動において過度に理想の型に自分を当てはめようとするのは息苦しい。
 自分がアジカンから離れたのは、なんてことはない、過剰に居場所を求める行為に自分自身で疲れてしまっただけなのだ。背伸びをして洋楽ロックを聴いて、ライブの際にはマナーを過剰に気にして、自分自身がアジカンライフヒストリーを必死になぞろうとして、全ては居場所を求めるがゆえの行為だったのだろうけれども、好きなものにそれだけ必死になっていてはいつか限界が来る。楽しくなかったわけではないし、むしろその逆だけれども、なんとも言えない疎外感があった。
 軽音サークルの新歓で肩身の狭い思いをしたように、そこに、居場所はなかった。
 
 そういった(ややトラウマめいた)経緯を素直に消化し納得できるようになった今、直感に従ってアジカンのライブに来られたのは僥倖だったのかもしれない、と思う。けっきょく音楽関連の企業に就職することはなく、それどころか就職活動自体に七転八倒して、それでもなんとかやっている、というのが現状だ。良くも悪くも、現実を知ることができた。あの日の未来に居場所がないことはもう知っている。
 あの頃、このバンドを知るきっかけとなった『ソルファ』の再録。今回のライブに来ることになったのは、それがきっかけだった。懐かしいな、と軽く手を出したこのアルバムが、予想以上に良かった。成熟した、といえばいいのか、楽器に関する詳しいことはわからないけれど、より洗練され、繊細でありながら重厚な音像が印象的だった。同じ曲をほぼ同じように(アレンジは加えてあるけれども)演奏しているのに、これほどまでに違うのか、と思わされた。
 聴いたままのテンションで、武道館公演のチケットを取った。ちょうど26歳の誕生日のことだったのを覚えている。自分への誕生日プレゼントにと、本当に軽い気持ちで取ったものだった。


  武道館前の階段を上がり、二階のスタンド席へ。ステージのほぼ正面となる座席を確認してから、物販で買ったTシャツに着替えるためにトイレに向かう。開場前BGMとして流れているスピッツの話をする若い女性たちとすれ違った。結成20周年を迎えてなお、若者にも広く聴かれているのはすごいな、と素直に思う。
 着替え終わって席へと戻り、あらためて会場を見渡してみる。8年振りのライブではあるけれども、広い会場を埋め尽くすだけの人が集まっていて、どことなく懐かしさを覚えた。未だに根強い人気があることが嬉しい。会場には老若男女多様なファンが集まっていて、8年前より年齢層が広くなっている気がした。小さな子供連れの家族に、それだけの年月をこのバンドが重ねてきたということを知る。

 客電が落ち、開演する頃には、自分のアジカンに対する屈折した感情は吹っ飛んでいて、素直にライブを楽しみにする高校生の頃の気持ちに戻っていた。
 腹に響くベースの低音が、お決まりのあのフレーズを刻む。『遥か彼方』。二十周年ライブの一曲目にこの曲を持ってくるこの選曲。周りのファン同様、自分も座席を立ち、拳を突き上げる。
 バンド自体の演奏もさることながら、舞台演出がまたいい。メンバーを覆う紗幕(後に曲の途中で降りる演出が素晴らしい)、複雑な図形を描き出す照明、そしてスクリーンに映し出される映像、そういった要素が合わさり、ひとつの舞台芸術を作り出している。これもまた「成熟」といえるのだろうか。聞けば『Wonder Future』のツアーでは建築家の光嶋裕介プロデュースの舞台演出をやっていたようで、近年はその辺りには力を入れているのだろうか。
 続く『センスレス』は大好きなアルバム『ファンクラブ』の名曲であり、まさか二曲目で! と驚かされ、そして映し出される「キミガココニツクナリハイタタメイキ……」の文面に「『the start of a new season』ツアーのときの!」と思い当たり、そのツアーに行った自分はもう、泣くしかなかった。

 あったじゃん、居場所。自分が勝手に盛り上がり、勝手に離れている間も、アジカンはずっとアジカンで、居場所はあったんだ。そう思えて、過去の迷いがアホみたいに思えて、泣けるを通り越して笑えてきた。
 自分がライブに行かず離れている8年の間に、ゴッチの髪型はモッサモサになっていたし、そもそもメンバー全員なんとなく歳を取ったように感じるし、ライブには自分と同じ仕事帰りの社会人が増えたように感じるし、あとサポートメンバーとしてthe chef cooks me下村亮介がキーボードをやっていることも知らなかったので(本当に何の下調べもせず行ったのです)驚いたけれども、それでもアジカンはやっぱりアジカンだった。

 自分のようなタイミングで戻ってきた人のためのものではないか、とすら思えてしまう、過去の名曲をふんだんに取り入れつつも、今のアジカンのモードもしっかり表明するセットリスト。大好きな『夜のコール』が聴けたのも嬉しかったし、懐かしい曲をと『粉雪』を演奏してくれたのも良かった。『今を生きて』の、現状を踏まえながらもハッピーでピースフルに昇華するモードが本当に素敵で、今のアジカンももっと聴いていきたいな、と思わせられた。あと現在公開中のoasisの映画の話からの『E』。この曲には、彼らが大学時代に演奏したという『Live Forever』のギターソロが入っていることは有名だけれど、それを踏まえてのこの流れ、本当にぐっとくる。今でもロックスターになりたい、というゴッチのMCも、本当に変わらないな、と微笑ましくなる。チクショー、こっちだってロックスターになりてーよ! そして『月光』終わりは反則だ。月の光のように黄色い光が一筋舞台に差し、曲の展開に併せて複雑な幾何学模様が天井に映し出される演出も反則。

 二部のソルファ全曲再現では、もうライブで聴く機会もないと思っていた隠れた名曲たちが、今のアジカンによって存分に鳴らされる。歴代ジャケットが映し出される『ループ&ループ』に涙腺が緩み(「君と僕で絡まって繋ぐ未来」「積み上げる弱い魔法」をうたうこの曲で過去の歴史を振り返るの最高すぎませんか)、武道館で聴く『ラストシーン』は本当に最高で、ギターリフに併せた映像演出と相俟って本当に美しかった。そして『Re:Re:』のこのアレンジは本当に良い……。ラストの『海岸通り』はストリングスアレンジが抜群に冴え、歌詞と重なる朱いライトが綺麗だった。

 MCで「若いバンドみたいな『お前らかかってこい!』というノリはもう年齢的に無理だ」と笑いを取るゴッチに時間の流れを感じ、「かかってこなくていい」という言葉に優しさを垣間見る。彼もまた、歳を経て丸くなったりしたのだろうか。喋り方にも棘がなく、暖かさを感じるようになった気がする。楽しみ方は皆の自由だ、というスタンスは変わっていないけれども、なんというか、自分のようなファンのことも許容する懐の広さのようなものがあって、それが前述の「居場所」の話にも繋がって、自分が肯定されたようで、また泣けてしまった。

 アンコールではゴッチの弾き語り二曲(『転がる岩~』は元から大好きだったのだけれど、『Wonder future』がメチャクチャ良くて大好きになってしまった。この曲、無性に切ない)からキタケンボーカル二曲というファンサービス(?)めいた一幕。『タイムトラベラー』は初めて聴いたが、優しい歌声がよく合う鮮やかな曲だ。
 最後の二曲ではスマホによる写真撮影が許可され(これも最近のライブで恒例になっているらしい)、自分も何枚か撮らせてもらったのだが、スマホを出してもいい曲であることを利用し、スマホのライトを点けてサイリウムのように振っている人が多く、客席に星が輝くような光景に少し感動してしまった。誰から言い出すともなくこういった光景が見られるライブは素敵だな、と思う。ストリングス入りの『さよなら~』も『新世紀~』も最高だった。この二曲、どちらも『マジックディスク』収録だけれども、歌詞が本当に沁みる。「いまこの時代に生きている僕ら」のために書かれた曲だと思うし、だからこそ普遍的に響くのだと思う。

 三時間にわたるライブを終え、武道館を出たとき、心の中は興奮と感動で一杯だったし、なにより「居場所はここにあった」と思えるライブだった。時間が流れた分、自分自身も変わったし、アジカンも変わったけれど、それでもここに帰る場所があったんだな、と思えてしまうほどに。
 一生懸命すぎて、周りが見えなくて、自分で自分に呪いをかけて、沢山遠回りをしてきたけれども、アジカンのロックンロールは再び自分の許へと届いた。紆余曲折を経てきたのはおそらく自分だけじゃなく、他のファンだってそうかもしれないし、アジカンだってきっとそうだろう(後に『マジックディスク』期の葛藤を知り、改めて二十年続けてくれたことに感謝したくなった)。帰ってきた、と思えるようになったのは、その回り道を経たがゆえだろうし、そう思うと、このタイミングで二十周年ライブを観ることができたのは、ある種運命的だったと言えるのかもしれない。
 演奏自体もとても良いものだったけれども、自分の過去の葛藤に決着をつけられた、という意味でも良いライブだった。なにかひとつ自分の軸になるものが欲しくて、傍から見ると恥ずかしいほどに必死になってアジカンを追いかけて失敗し続けた10代の自分が、なんとなく救われたような気分にもなった。フラットに聴けるようになった20代の自分のお蔭なのだろうか。そういうことを考えていること自体、面倒臭いファンであることの証左なのかもしれないけれども。

 ともかく、アジカン二十周年、本当におめでとうございます。いろいろと聴いてきて、いろいろと好きなものは増えたけれど、ここまで好きになれるバンドは、後にも先にもアジカンだけです。
 そして願わくば、これからも共に!

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【一部】
遥か彼方
センスレス
アンダースタンド
アフターダーク
夜のコール
粉雪
マーチングバン
踵で愛を打ち鳴らせ
今を生きて
君という花
E
スタンダード
ブラッドサーキュレーター
月光
【二部】
振動覚
リライト
ループ&ループ
君の街まで
マイワールド
夜の向こう
ラストシーン
サイレン
Re:Re:
24時
真夜中と真昼の夢
海岸通り
【EN】
転がる岩、君に朝が降る(弾き語り)
Wonder Future(弾き語り)
タイムトラベラー
嘘とワンダーランド
さよならロストジェネレイション
新世紀のラブソング

2017.4 他の方のレポートやドキュメンタリーブックを下敷きに、事実関係と文の乱れている個所を訂正。勢い余って途中からゴッチ呼びになっているのは面白いので残しておきます。

近況

 遅ればせながらあけましておめでとうございます。
 誰に見られるともなくやっているこのブログですが(もし見てくださっている方がいたらありがとうございます)、なんだかんだで長文をかける場所があるのはありがたいことです。惜しむらくはモチベーションがないことですね……

・前記事でアジアンカンフージェネレーション『ソルファ』再録の話をしましたが、CDを買って良さのあまり勢いで武道館ライブを予約し、勢いで行ってまいりました。後で個人的にレポートでもまとめようと思うのですが、すさまじく良かったので、最近はアジカンと周辺の音楽ばっか聴いてます。なんだかんだ言って自分にとっては「青春の音楽」になってしまったんだなあ、と(加齢を感じる)。

・シャーロックホームズを真面目に読み始めた(いま『四つの署名』を読んでいます)。漫画『憂国のモリアーティ』も面白いのでおすすめです。グラナダ版もちゃんと履修したい。

有栖川有栖『狩人の悪夢』、もうすぐ発売ですね。リアルタイムに連載で全部読んでいるのですが、個人的に(ミステリでない部分で)どんでん返しともいえる構造の妙があり、ちょっと解釈に時間がかかったのですが、そろそろまとまってきた感があるので、書籍化しだい読み返して感想を文章にしたいです。『鍵の掛かった男』以降の「もうディスコミュニケーションに引き返してはいられない」感は一体どこからくるのか、東日本大震災なのか、ドラマ化なのか、それとも作者の内面の話なのか、もうちょっと考えていかないとダメだと思う。

・震災以降の「ディスコミュニケーションからの脱却」テーマという面でアジカン『夜を越えて』と有栖川有栖『鍵の掛かった男』を論じる自分しか面白くないやつやりたい。

・あとそろそろ火村シリーズ入門的な記事を書きたい。意外とググっても出ないんですよね~